
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働条件や待遇に不満をもつ従業員がとる手段は1つではありません。
自分で直接会社へ要求するケースもあれば、労働組合に加入し、団体交渉を申し入れるケースもあります。
団体交渉は憲法で認められた労働組合の権利ですので、正式な申し入れがあれば会社は団体交渉に応じる義務があります。
では、団体交渉はどのように進めるべきでしょうか。対応によっては会社に不利益が発生する可能性もあるため注意が必要です。
本稿では、団体交渉の進め方や注意点について分かりやすく解説していきます。
目次
団体交渉を申し入れられたらどうする?
会社に誠実交渉が義務づけられているため、労働組合から団体交渉の申し入れがあれば、原則として拒否できません。
正当な理由無く団体交渉を拒否すれば、誠実交渉義務違反として不当労働行為にあたる可能性があり、その場合は行政の救済措置対象となり得ます。
団体交渉の進め方
団体交渉の全体の流れは以下の通りです。
- 団体交渉の申し入れ
- 団体交渉前の予備折衝
- 団体交渉の事前準備
- 団体交渉当日
- 団体交渉の終結
以降で各項目について解説していきます。
①団体交渉の申し入れ
団体交渉は、労働組合からの団体交渉申し入れから始まります。申し入れ方法に制限はありませんが、団体交渉申入書が郵送もしくは直接持参で会社に届くことがほとんどです。
申入書には交渉日時・場所・要求事項等が記載されています。会社は書面の内容をすべて確認し、労働組合の意向をできるだけ正確に読み取るようにしましょう。内容を把握した上で今後の対応を検討することが重要です。
なお、必要に応じて組合員名簿や組合規約の提出を求めることは可能です。ただし、これらの書類を提出しないことをもって団体交渉を拒否することはできません。
②団体交渉前の予備折衝
当日の話し合いをスムーズに進めるために、事前に出席者や交渉場所等について当事者間で協議しておきます。これを予備折衝といい、以下のような項目を決めておくことが一般的です。
- 出席者・発言者
- 交渉場所
- 交渉日時
- 費用負担
予備折衝の内容も注意しなければ会社が不利な立場となる可能性があります。各項目のポイントについて以降で解説していきます。
出席者
労働組合が代表者の出席を要求してくるケースもありますが、団体交渉では代表者が出席しなければならないといった法的義務はありません。
出席するのは人事部長などでも問題ありませんが、交渉内容に関して決定権限をもつ立場である必要があります。
もし、決定権限がない担当者が出席し、交渉内容について何ら具体的に回答しない等の対応を行えば、誠実交渉義務に反する可能性があります。
出席者の人選は慎重に行いましょう。
また、出席者は3名程度が一般的ですが、各々が発言すると回答内容に一貫性が無くなるおそれがあります。
事前に発言者を決めておき、他の出席者は発言を控えるようにしておいた方がよいでしょう。
交渉場所
必ずしも労働組合からの団体交渉申入書に記載されている交渉場所で、話し合う必要はありません。当事者双方が参加しやすい場所に変更することは可能です。
開催場所は2回目以降も同じ場所になることが多いので、その点も考慮しておくとよいでしょう。
社内会議室は他の従業員への影響も懸念されますので、避けたほうが良いと考えられます。組合の事務所が指定されているケースもありますが、協議が長引いたり、第三者が入室するなども考えられますので、外部の貸し会議室を借りるようにしましょう。
交渉日時
日時についても、出席者の都合がつかない等あれば、申入書の日程から変更を求めることは可能です。
ただし、労働組合側が参加しにくい時間帯への変更に固執するなどがあれば、団体交渉を拒否しているとみなされるリスクがありますので、ある程度柔軟に対応することも必要でしょう。
就業時間中に団体交渉を開催してしまうと、その時間帯の賃金支払等の問題が発生する可能性があります。
ノーワークノーペイの原則に従って、賃金を支払う義務はありませんが、無用なトラブルを避けるためにも終業時刻後に設定することが望ましいでしょう。
費用負担
開催場所を社外の会議室等にすると、費用が発生しますが、このような費用については基本的に会社側で負担することが多くなっています。
費用折半にこだわりすぎると、費用発生を理由に、組合に有利な施設や組合の事務所に誘導されるおそれがあります。必要経費と割り切って、最初から全額負担することをおすすめします。
③団体交渉の事前準備
団体交渉当日に向けて事前準備は必ずしておきましょう。労働組合からの要求に対する会社の方針やその根拠となる資料準備等がなければ、当日の話し合いで明確に回答することができません。
要求に関する事実関係についても事前に調査しておかなければ、その真偽も分からないまま交渉のテーブルについてしまうことになり、会社は不利な立場になり得ます。
申入書の内容を踏まえて、想定される質問やそれに対する会社の方針を出席者の間で意思統一しておくことが大切です。団体交渉に入る前に以下のような事前準備を行っておきましょう。
- 労働組合からの指摘事項に関する事実関係の確認
- 要求書に対する回答書の作成
- 労働組合に開示できる資料、回答に関連する根拠資料の準備
- 想定問答集の作成
弁護士への依頼の検討
事前準備はもちろん大切ですが、それだけで完璧な対応は難しいかもしれません。
労働組合はいわば労働問題に関するプロといえます。
団体交渉の経験や労働関係法に関する知識も豊富な担当者が多いでしょう。
組合に交渉の主導権を握られてしまうと、正常な判断ができないまま会社に不利な条件を飲んでしまう、といったおそれもあります。
このような事態を避けるためにも、出席者を検討する際に、弁護士の同席を一考しておくとよいでしょう。
同席しないとしても、対応方法や方針検討など早い段階で弁護士へ相談しておくことをおすすめします。
弁護士に依頼すれば、当日の交渉だけでなく、回答書等の書面作成の場面においても法的観点から適切なアドバイスを受けることができ、心強い後ろ盾となります。
④団体交渉当日
労働組合の担当者から要求の概要について説明してもらい、それに対して会社側の担当者が準備してきた回答を行います。
この際、回答書を作成しているのであれば、労働組合側へ交付してもよいでしょう。組合の要求が合理的であるのか検討するとともに、要求事項の根拠等についても確認しておきます。
もし、組合から譲歩の提案があれば、さらに譲歩が可能なのか、もしくは譲歩の限界なのかを見極めましょう。
会社には誠実交渉義務があるので、交渉の場で真摯な対応を求められます。しかし、事前に挙がっていない質問や主張については、安易に回答してしまうと会社に不利益が生じる可能性があります。
このような場合には、持ち帰っての検討としましょう。
団体交渉の協議内容
会社が決断でき得る内容であれば、団体交渉の対象事項に制限はありません。
組合員の労働条件や待遇、団体交渉のルールなど団体的労使関係に関する事項は「義務的団交事項」といわれ、正当な理由無く拒否した場合には不当労働行為とみなされます。
これに対し、「任意的団交事項」は会社側に団体交渉に応じるかの判断が委ねられています。具体的な各事項は以下の通りです。
【義務的団交事項】
- 賃金、退職金
- 労働時間
- 休憩時間、休日、休暇
- 労働災害の補償
- 教育訓練
- 安全衛生
- 人事考課の基準や手続き
- 団体交渉や争議行為に関する手続き
- 配置転換、懲戒、解雇などの基準
【任意的団交事項】
- 会社が対処できない事項
- 経営や生産に関する事項(事務所移転に伴う配置転換などは義務的団交事項となる)
- 施設管理権に関する事項
- 他の従業員のプライバシーに関する事項
議事録の作成や録音について
団体交渉での発言については、後から言った・言わない、の問題に発展する可能性もあるため、録音しておいた方がよいでしょう。
団体交渉を開始する前にレコーダーで録音する旨を組合側に確認しておきます。
録音を事前に伝えることで、暴言などへの牽制となり、冷静な話し合いを進めることにも繋がります。機器トラブルを踏まえて、レコーダーは複数用意しておきましょう。
また、録音だけでなく、交渉後には議事録を作成する場合もあります。ただし、議事録の内容は、その後の協議だけではなく、裁判になった際に重要な証拠になるため、認識のずれ等がある場合には安易な作成は控えた方が良いでしょう。
⑤団体交渉の終結
団体交渉の結果、合意に至って終結する場合もあれば、合意には至らず交渉決裂となる場合もあります。
それぞれのポイントについて解説していきます。
合意に至った場合
団体交渉が合意に至った場合は、録音していたとしても口頭で済ますのではなく、必ず合意書など書面を作成しましょう。
書面には、団体交渉当事者として労働組合だけでなく、従業員にも必ず書面捺印させるようにしましょう。
また、類似の要求の再発を防止するために、清算条項を入れておきましょう。
精算条項を入れることで、合意書に定めた以外の義務が会社にないことを明確にすることができます。
合意内容によっては、他の従業員に広まると困る場合もありますので、口外禁止条項も入れておくとよいでしょう。
その他、解決後も会社への不満をSNS等へ書き込むなどの可能性もあります。このような懸念があれば、労働組合と従業員それぞれに会社批判を行わないとする誹謗中傷禁止条項を入れておきましょう。
交渉が決裂した場合
団体交渉で合意に至らなかった場合、労働組合や従業員が他の手段をとってくる可能性があります。
いずれにしても迅速に適切な対応が必要となりますので、組合や従業員の行動を意識し、事前に心づもりしておきましょう。
弁護士へ事前に相談しておき、すぐに対処できる体制を整えておくことをおすすめします。
労働組合や従業員がとる手段としては以下のようなものが一般的です。
- 街宣活動やビラ配り等の組合活動
- 紛争調整委員会によるあっせん手続
- 労働委員会への不当労働行為の審査申立て
- 労働基準監督署への申告
- 労働審判や訴訟などの法的手続き
団体交渉を進めるうえで注意すべきポイント
団体交渉は誠実に対応すればそれで良いというわけではありません。会社が不利な立場とならないよう進めるためには以降のようなポイントに注意が必要です。
粘り強く交渉を続ける
団体交渉への出席は、ストレスが非常に大きい業務ですが、安易な妥結をするのではなく粘り強く交渉する必要があります。また、会社が負う誠実交渉義務とは、組合の要求に応じたり、譲歩したりすることまでは含まれていません。
もし、組合からの要求が合理性に欠け不当なものであれば拒否することもできます。ただし、拒否する場合にも論拠を示し、具体的に説明する必要があります。なかなか理解が得られない場合もありますが、決して感情的にならず、冷静に説明を繰り返しましょう。
また、説明内容に虚偽が含まれていると不当労働行為になり得ますので、正しい内容を伝えることが大切です。
相手の発言にひるまない
労働組合によっては、団体交渉の場で高圧的な言動をする組合もあり得ます。しかし、相手の発言にひるまず冷静に対処しましょう。
また、「その場で決断しろ」等と凄まれたとしても持ち帰って検討することも問題ありません。
この際も、録音や回答書の事前準備が効果を発揮します。
相手の発言や要求に対し動揺せず、根拠や事実に基づく理性的な交渉を進めるようにしましょう。
相手の感情論や言動に飲まれないようにすることが大切です。
団体交渉の場で安易な約束はしない
団体交渉の場で、思いつきや組合の勢いに屈して、その場で約束してしまうということがあってはいけません。会社に不利な条件での合意となれば、取り返しがつかない事態になるおそれがあります。
たとえ口頭であっても安易な約束は決してしてはいけません。組合側が書面を用意してくるケースもありますが、よく検討せずその場でサインすることはやめておきましょう。
労働組合との間で合意した文書は、労働協約となり強い効果をもつ書面となります。文書の提示があればその場での回答は避け、持ち帰って検討する対応としましょう。
団体交渉の誠実交渉義務に関する裁判例
団体交渉では会社に誠実交渉義務がありますが、開催にあたってその日時や場所等の要望を出すことは認められます。しかし、その要望が認められなかった場合、会社が交渉を拒否することは可能でしょうか。
誠実交渉義務についての裁判例をご紹介します。
事件の概要
(平成28年(行ウ)第392号・平成30年1月29日・東京地方裁判所・第一審)
学校法人Yと労働組合Xは平成20年から平成23年まで、1年辺り4、5回の団体交渉を行っていました。
平成22年11月までの団体交渉では、X組合の出席者は5~7名の範囲でした。しかし、9名で出席したところ、Y法人は出席者が7名より多い場合には次回以降の団体交渉を拒否すると主張しました。
その後の団交でX組合の出席者が8名であったことからY法人は、X組合の質問に回答しないまま退席しました。この対応を受け、X組合は正当な理由のない団体交渉拒否であるとして東京都労働委員会(都労委)に救済を申し立てました。
申立に対し、都労委は団体交渉を拒否してはならない旨の命令を発しましたが、Y法人はこれを不服とし、再審査を申し立てました。再審査請求が棄却されたため、Y法人は命令取り消しを求めて提訴しました。
裁判所の判断
裁判所は、団体交渉に出席する人数や誰を出席させるのかは、当事者間の自主的な判断に委ねられるべきものであるとしています。その上で、Y法人がX組合の出席者を7名に限定した点については、客観的な必要性や合理性がなく、これを理由に団体交渉の議題に入らないとの態度をとることは許されないとしました。
また、人数制限の必要性についてX組合から質問されているにもかかわらず、誠実に回答しない対応は誠実交渉義務に違反すると判示しています。
また、人数制限に応じなかったからといって退席するY法人の行動については、正当な理由のない団体交渉の拒否であり、不当労働行為にあたるとした上で、救済命令の取り消し請求を棄却しました。
ポイント・解説
団体交渉において、出席人数や出席者について要望を述べることや協議を求めること自体は許されています。本件裁判においても、団体交渉のルールを当事者双方による協議によって作ることは望ましいものと考えられるとされています。
しかし、その求めをそのまま応諾しなかったからといって、それを理由に団体交渉に応じないとすることは許されません。もし、人数制限することについて客観的な必要性や合理性があるのであれば、具体的に説明することが必要です。
特段の事情なく、開催条件等に固執するのであれば、そのような対応は誠実交渉義務に違反する可能性があります。団体交渉を行うにあたって誠実交渉義務に反するおそれがあるのであれば、弁護士へ事前に確認するようにしましょう。
団体交渉を有利に進めるためにも、労働問題に精通した弁護士にご相談下さい。
団体交渉の相手である労働組合は団体交渉のプロです。交渉で不利にならないためには入念に事前準備をしたうえで、当日も適切な対応が必要となります。しかし、これらの対応は決して簡単ではありません。対応を間違えれば不当労働行為となるおそれもあります。
団体交渉を有利に進めるためには正しい法的知識と交渉力が必要です。弁護士であれば法的観点を踏まえ、双方の主張を整理した上で、会社の不利益を防いで交渉を進めることができます。団体交渉でのリスクを回避するためにも弁護士へ相談することをおすすめします。
弁護士法人ALGでは、労働に関する知識と経験が豊富な弁護士が多数在籍しておりますので、貴社のお悩みに応じて柔軟な対応が可能です。まずはお気軽にご連絡ください。
この記事の監修

弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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