ハラスメント
#カスハラ
#ハラスメント

監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
昨今では、カスタマーハラスメントが新たなハラスメントとして問題になっています。
カスハラに対して毅然とした対応がとれるよう、国はカスハラ対策の義務化に向けて、2026年度に労働施策総合推進法を改正する準備を進めています。
また、法改正に先立ち、2025年4月からは東京都で全国初のカスハラ防止条例が施行される予定です。
カスハラの放置は会社の安全配慮義務違反にもつながりかねません。
会社として適切に対応しカスハラを撃退することが必要です。
この記事では、カスハラに対して会社がとるべき対応について解説します。
目次
カスハラ(カスタマーハラスメント)とは
カスハラ(カスタマーハラスメント)とは、厚生労働省の資料で以下のように定義付けられています。
顧客等からのクレームや言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの
上記内容をまとめると、顧客等からの著しい迷惑行為がカスハラにあたるといえるでしょう。
具体的には、以下のようなものが考えられます。
- 過大な要求や不当な言いがかりなど、主張内容等に問題があるもの
- 主張する内容には正当性があるが、暴力や暴言を伴うなど、主張方法に問題があるもの
カスハラとクレームの違いや判断基準
カスハラの判断基準は会社ごとに異なります。1つの尺度として、厚生労働省は以下の判断基準を挙げています。
- 顧客等の要求内容に妥当性はあるか
- 要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か
クレームとは、商品やサービスに関する苦情や改善点を正当な方法で伝えるものです。
一方、カスハラは要求内容が正当でないか、その要求を実現するための手段・態様が世間一般から見て相当でない場合を指します。
例えば、顧客が買った商品に欠陥があった場合、「商品を交換してほしい」というクレームは正当性が認められます。
しかし、「ショックを受けたから慰謝料も支払え」といった理不尽な要求に発展した場合は、カスハラに該当すると考えられます。
また、クレーム内容が正当であっても、長時間にわたる叱責や土下座の要求、暴言などがあった場合は、カスハラに当たる可能性があります。
カスハラに関する法律やガイドラインはある?
カスハラについて定めた法律やガイドラインは制定されていません。
現状は、厚生労働省のパワハラ防止に関する指針の中で、カスハラについて一部記載されているのみです。
指針では、カスハラにより社員の就業環境が害されないよう、以下の取組を行うのが望ましいとされています。
- 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 被害者への配慮のための取組
- 被害を防止するための取組
国はカスハラ対策の義務化に向けて、2026年度に労働施策総合推進法を改正する準備を進めています。
この改正に伴い、カスハラのガイドラインが出ることも見込まれます。
また、カスハラの法整備に先立ち、東京都が2025年4月に全国初のカスハラ防止条例を施行する予定です。
カスハラの周知・啓発を目的としたもので、罰則は設けていません。
カスハラについての今後の動向も参考に、社内のカスハラ対策を検討する必要があります。
悪質なカスハラは犯罪行為に該当する
カスハラは以下の犯罪に該当する可能性があり、懲役や罰金刑の対象となります。
【脅迫罪】
脅しは脅迫罪に該当します。殺すぞ、殴るぞ、帰れなくしてやる、マスコミに公表する、大切な物を壊してやるなどが発言例です。
【恐喝罪】
暴行や脅迫により財産を脅し取ろうとする行為は恐喝罪に該当します。
慰謝料を払わなければネットで公表する、社長に報告されたくなければ100万円出せなどが言動例です。
【強要罪】
暴行や脅迫により義務のない行動を行わせることは強要罪に当たります。
土下座や謝罪文の提出、達成不可能な償いを要求するなどの行為が挙げられます。
【威力業務妨害罪】
営業妨害行為は威力業務妨害罪に該当します。机や椅子を蹴る、店内や電話で執拗にクレームを言い続けるなどの行為が一例です。
【不退去罪】
店内やオフィスに正当な理由なく居座る行為は不退去罪に該当します。
カスハラが起こったときの企業の対応
実際にカスハラが発生した場合、会社は様々な対応を迫られます。
会社がとるべき対応は初期対応と事後対応に分かれます。どちらの対応も非常に重要です。
カスハラが起こったときの対応手順は、以下のとおりです。
- 責任者への情報共有・引き継ぎを行う
- 顧客の主張を聴き取って記録に残す
- クレーム内容によっては本社(本部)と連携して対応する
- 会社の対応方針を決定して顧客に通知する
- カスハラを受けた従業員のケアを行う
- 再発防止への取り組み
以下でそれぞれ詳しく見ていきましょう。
①責任者への情報共有・引き継ぎを行う
カスハラ顧客に対しては、一人で判断・対応せずに複数人で対応することが基本です。
悪質なカスハラ顧客は社員を孤立させ、自分に有利に交渉を進めようとする傾向が強いからです。
現場の対応を判断できる責任者がいる場合は、即対応を相談し、いない場合でも他の社員に応援を頼むことが必要です。
会社に何らかの原因がある場合は限定的に謝罪し、理不尽な要求に対しては応じず、不明瞭な点は調べてから連絡すると答えるなど臨機応変な対応が求められます。
顧客等から確認した情報は、現場監督者やハラスメント相談窓口にも連絡し、情報共有や引き継ぎを行いましょう。
②顧客の主張を聴き取って記録に残す
カスハラ顧客に適切に対応するためには、顧客の言い分を聴取したうえで、メモやボイスレコーダー、動画などで記録を残すことが重要です。
例えば、コールセンターで最初に録音される旨を自動音声で流すなどの方法が挙げられます。
さらに、記録するだけでなく、クレーム報告書も作成し、発生日時や場所、状況、対応内容などを記載しておくことも必要です。
カスハラ顧客の発言内容は支離滅裂であったり、時間によって変遷したりする傾向が強いです。
証拠がないと後から話をすり替えられ、会社に不利な状況となるリスクがあるため記録は必須です。
また、これらの記録は法的手段をとる場合の証拠としても役立ちます。
記録した内容を踏まえて、冷静に対応しましょう。
③クレーム内容によっては本社(本部)と連携して対応する
カスハラが犯罪に当たる場合や、トラブルに発展しそうな場合は、現場で判断せず、本社や本部と連携して対応することが必要です。
警察や弁護士などとの連携が必要となるケースでは、本社等と連携して対応にあたることが求められるからです。
そのため、本社や本部へ連絡が必要な事項、連絡方法についてはあらかじめマニュアルを作成し、そのマニュアルに沿って、現場判断でよいか等の判断をするようにしましょう。
④会社の対応方針を決定して顧客に通知する
現場で判断できない案件は法務部やカスタマーサポート部門など関係部署と連携して会社としての対応方針を決定し、後日顧客に通知しなければなりません。
通知する内容は、新たなトラブルの引き金とならないよう十分に検討する必要があります。
できれば、弁護士から法的アドバイスを受けるなどして、会社の公式見解を示すのが望ましいといえます。
⑤カスハラを受けた従業員のケアを行う
カスハラ事案に対応した従業員の安全確保も重要です。
カスハラによる被害は、暴行や傷害、暴言、セクハラ等が一般的ですが、事案に応じて、顧客等から対象従業員を物理的に引き離すなどの対応が必要です。
状況によっては弁護士や警察と連携して対応しましょう。
また、カスハラ被害によって、従業員のメンタルヘルスに不調の兆しがあれば、産業医などの専門家によるアフターケアも検討しておきましょう。
従業員の精神面への影響が大きい場合には、休職が有効なケースもあります。
ストレスが過度にかかったことを踏まえて、従業員本人と相談しながら適切な対応をとることが大切です。
カスハラによるメンタル不調者への対応については、以下の記事をご覧ください。
さらに詳しくハラスメントで従業員がメンタルヘルス不調になったら?⑥再発防止への取り組み
カスハラが起きた場合は、社内の従業員と共有し、再発防止に努めることが必要です。
カスハラは不当なクレームなので、未然の防止は難しい面があります。
しかし、カスハラへの初期対応は適切であったかなど、カスハラ対応そのもの自体は改善できる余地があります。
企業が行うべきカスハラの再発防止策として、以下が挙げられます。
- カスハラ判断基準をポスターやウェブ等によって対外的に伝える
- 初期対応の手順マニュアルを作成し、定期的に研修を行う
- 実際のカスハラ事案や現場対応などに応じて、マニュアルを定期的に見直す
カスハラ防止策や対応マニュアル作成は、カスハラの法整備が未完成のため、苦慮するかもしれません。社内での作成が難しいと感じたら、弁護士へ相談して作成するとよいでしょう。
企業によるカスタマーハラスメント対策の重要性
会社がカスハラ対策を行うことは、社員の安全と健康を守るため、会社の持続的な発展のためなど、あらゆる点で重要です。
会社には社員が安全で健康に働けるよう配慮すべき安全配慮義務があります(労契法5条)。
カスハラへの対応が不適切であった結果、社員が体調不良や精神疾患に陥った場合は、安全配慮義務違反として社員から損害賠償請求されるおそれがあります。
また、カスハラ対策を怠ると、クレーム対応に疲弊した社員の離職や、悪評拡散による企業イメージの悪化などにつながり、会社経営に悪影響を与える可能性もあります。
カスハラを放置せず、適切なカスハラ対策を講じることが重要です。
カスハラによる従業員・企業・顧客等への影響
カスハラが従業員や企業、顧客に与える影響として、以下が挙げられます。
これらの影響は一時的な問題ではなく、経営の悪化に直結する重要な問題です。
●従業員への影響
- 精神的な負担による業務パフォーマンスの低下
- 睡眠不足や健康不良、精神疾患
- 職場への恐怖や苦痛による配置転換、休職、退職
●企業への影響
- 時間的コスト(クレーム対応、謝罪訪問、社内での対応方法の検討、弁護士や警察への相談等)
- 通常業務への支障(クレーム対応によって他業務が滞る等)
- 人材確保(社員退職に伴う新規採用コスト等)
- 金銭的損失(慰謝料要求への対応、代替品の提供等)
- カスハラ被害で社員が精神疾患を患い、労災認定される
- 店舗や企業のイメージ悪化
●顧客等への影響
- 来店する他の顧客の利用環境の悪化
- カスハラ対応により他の顧客への対応、サービス提供が滞る等
企業がとるべきカスハラ対策
カスハラ問題は対岸の火事ではなく、どのような企業であってもいつ起こるか分からない喫緊の課題です。
カスハラは初期対応が非常に大切となりますので、会社が対応できる体制をあらかじめ構築しておくことが重要となります。
会社がとるべきカスハラ対策として、以下が挙げられます。
- 基本方針の明確化
- 従業員への周知・教育
- カスハラ対応マニュアルの作成
- 相談体制の整備・専門家との連携
基本方針の明確化
会社としてカスハラ対策を行っていく方針や姿勢を、組織のトップが明確に示すことが重要です。
現場でカスハラの被害に遭っていたとしても、現場単位で顧客等への対応を変えていくことは非常に困難です。
組織としてカスハラに対応していくことは、従業員の安心感へ繋がり、離職防止への効果も期待できます。
マニュアル作成等の運用整備も大切ですが、まずは社内の従業員に向けてメッセージを発信しましょう。
従業員への周知・教育
カスハラの認知度は急速に高まっていますが、パワハラ等の代表的なハラスメントに比べると正確な情報が浸透しているとはいえません。
従業員がカスハラとクレームの違いを見極め、適切に対応するためにも、カスハラ対策に関する研修は必須です。
カスハラから社員を守るという基本方針やカスハラの定義、対応方法を社員に周知・教育しましょう。
正確な知識をもとに、マニュアルに従った対応ができれば、カスハラ対応の精度は格段によくなるはずです。
もっとも、カスハラ対策は一度行えば万全とはいきません。
定期的に研修を行い、カスハラ対策の知識のアップデートを促すことも重要です。
研修は全従業員を対象として行い、経営層にもカスハラの理解を深める取組みを行えばより有効です。
カスハラ対応マニュアルの作成
顧客からの迷惑行為や不当な要求があった場合、その対応を個々の従業員の判断に委ねてしまうと、会社として一律の対応ができなくなってしまいます。
カスハラの対応については対応フロー等のマニュアルを作成しておき、組織としての対応を徹底しましょう。
マニュアルは企業によって内容は異なりますが、以下のような項目を含めて作成するとよいでしょう。
●カスハラか否かの判断基準
●カスハラにあたる可能性がある場合の対応方法
- 相談窓口について
- 対応プロセス
- 事案の記録、証拠化
- 報告と社内での情報共有について
●社内で起きたカスハラ事例とその対応
●Q&A集
対応プロセスでは、業態ごとに法的責任の判断が異なる可能性もあります。
社内周知の前に、弁護士にリーガルチェックを依頼すると安心です。
相談体制の整備・専門家との連携
カスハラ被害に遭った従業員が相談できる体制を明確にし、周知しておきましょう。
相談対応者は、上司や現場責任者、人事や法務担当者などが一般的です。
相談対応者には、相談者の心身の状況等に配慮しながら、慎重に相談に応じるなどの対応が求められます。
相談対応マニュアルを整備し、相談対応者向けの研修を実施するなどが効果的でしょう。
事案によっては社内の人間には相談しにくいケースもあり得ます。
相談窓口を社内だけでなく、弁護士等の専門家が行う社外窓口も設置することで、柔軟な対応が可能となります。
企業のカスハラ対応に関する裁判例
カスハラ被害に対する会社の対応が不十分であったとして、従業員が会社を訴えた一般財団法人NHKサービスセンター事件をご紹介します。
(令和2年(ワ)第284号・令和3年11月30日・横浜地方裁判所・第一審)
Y社が運営するコールセンターに勤務するXは、視聴者から電話でわいせつ発言や暴言等を受けたと主張し、これらのカスハラについて会社が安全配慮義務を怠ったとしてY社を訴えました。
裁判では、Y社は視聴者の著しく不当な要求からコミュニケーターの心身の安全を確保するための具体的なルールを策定しており、本件についてもそのルールに沿った対応を実施したことが認められました。
また、Xが訴える不適切な電話についても、直ちに刑事・民事等の法的措置をとる義務があるとまでは認められず、Y社のカスハラ対応に不適切な点はみられないと判断しました。
カスハラ事件の事後対応として、Y社ではメンタルヘルス相談やカウンセリング対応を行っており、必要に応じて産業医の面談指導の体制も整えていました。
裁判所はY社の初期対応および事後対応を総合的に判断し、Y社がXに対する安全配慮義務を怠ったとは認められないと判示しました。
カスハラに関する裁判では、使用者の安全配慮義務違反を理由とする慰謝料等の損害賠償請求が一般的です。
また、精神障害の労災認定基準にカスハラが追加されたことから、今後は労災問題に発展するケースも出てくることが予想されます。
カスタマーハラスメントの対応については弁護士へご相談ください
カスタマーハラスメントは近年トラブルとなる事例が増えてきた新しいハラスメントです。
法整備もされていないため、どのような対応が必要なのか戸惑われている会社も多いことでしょう。
カスハラは、社内だけの問題ではなく、顧客という第三者も含めて発生するトラブルであり、複雑な事案となりがちです。
適切な初動が求められますが、社内でスキーム化できていなければ対応は困難でしょう。
対応や体制作りにお悩みがあれば弁護士へご相談下さい。
弁護士法人ALGでは、労務に精通した弁護士が、様々なカスハラ事案に対応しています。
全国展開しておりますので、貴社のお近くの支部でご相談頂くなど柔軟な対応が可能です。
少しでもご不安があれば、まずはご相談下さい。
この記事の監修

弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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