解雇
#懲戒解雇
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
懲戒解雇は最も重い懲戒処分であり、重大な非違行為があれば、懲戒解雇の選択もやむを得ないというケースもあるでしょう。
しかし、懲戒解雇は従業員の生活に深刻な影響を及ぼし、裁判でも有効性が厳しく審査されるため、安易に決断すべきではありません。
もし、懲戒解雇が無効となれば、バックペイ(未払い賃金)の支払いなど大きなデメリットを被るのは会社側になります。
本稿では懲戒解雇のデメリットやリスク対策について解説しますので、懲戒解雇を検討する際にお役立てください。
懲戒解雇による会社側の6つのデメリット
懲戒解雇とは、従業員が重大な規律違反を犯した場合に、会社から一方的に労働契約を解除する処分をいいます。普通解雇とは違い、従業員の非違行為への制裁として契約を解除します。
懲戒解雇には職場の問題を解消し、他の従業員にルール遵守の重要性を示すなどのメリットがあります。
しかし、従業員にとっては働き口を失うことであり、生活への影響も大きいため、裁判トラブルに発展することも少なくありません。
懲戒解雇によるデメリットとして、以下があげられます。
- 訴訟を起こされたら敗訴するリスクがある
- 敗訴した際のダメージが大きい
- 解雇が無効になるとバックペイの負担が生じる
- 裁判になったときに労力や費用負担がかかる
- 合意退職となっても解決金を支払うことになる
- 助成金の利用が制限される
①訴訟を起こされたら敗訴するリスクがある
従業員から懲戒解雇は不当であると訴訟を起こされた場合、懲戒解雇の妥当性は会社が立証しなければなりません。
もし、有効な証拠を提出できなければ、懲戒解雇は無効と判断されるおそれがあります。
懲戒解雇が認められるためには、一般的に以下の要件を満たす必要があります。
- 就業規則に懲戒解雇事由が規定されている
- 懲戒解雇事由に該当する非違行為があった
- 懲戒解雇の意思表示がされたこと
- 懲戒解雇が権利濫用にあたらないこと
上記の要件が欠けていると無効と判断される可能性が高まりますので、懲戒解雇を検討する場合は、それぞれの要件を証明する証拠があるかどうか確認しましょう。
②敗訴した際のダメージが大きい
懲戒解雇をめぐる裁判で会社が敗訴すると、以下のダメージを受ける可能性があります。
- 懲戒解雇が無効となる
- 不当解雇したブラック企業との悪評が拡散され、会社の社会的信用が低下する
- 従業員から慰謝料を請求される
- 社内全体のモチベーションが下がる
- 他の従業員の退職を招く
- 企業イメージの悪化により新規採用が難しくなる
つまり、裁判で敗訴すると、取引先や顧客、従業員などからの信頼を失い、企業経営に悪影響を与えるおそれがあります。
➂解雇が無効になるとバックペイの負担が生じる
裁判で懲戒解雇が無効と判断されると、懲戒解雇の事実そのものが無かったことになります。
つまり、懲戒解雇を言い渡した時点にさかのぼって従業員との雇用契約が復活することになり、その間の賃金を支払う必要が生じます。この未払い賃金のことをバックペイといいます。
従業員が復職を希望する場合には、懲戒解雇時と同様の条件で復職させなければなりません。
裁判が長引くほど、解雇から復職までの期間が延び、バックペイの金額が増大するリスクがあります。解雇をめぐる裁判は時間がかかることが多く、バックペイが1000万円を超えるケースも珍しくありません。
④裁判になったときに労力や費用負担がかかる
懲戒解雇の無効を訴える法的対処としては、地位確認を目的とした訴訟もしくは労働審判が一般的な選択肢です。
労働審判は短期解決を目的とした制度であるため、訴訟に比べると対応期間や労力などは少なくてすむでしょう。
しかし、どのような措置を選択するかは従業員が決めることであり、会社側から働きかけることは難しいです。
もし、訴訟になれば長期戦になることもあり、会社だけで対処する場合には多大な労力を割くことになります。
訴訟等になれば専門知識も必要となるため、対応については弁護士に任せることが多いでしょう。
弁護士が代理人として書面作成、出廷することで社内の労力を軽減することはできますが、そのぶん弁護士費用が必要となります。
懲戒解雇トラブルが訴訟等に発展すれば、労力や費用負担が発生することは避けられない問題になります。
⑤合意退職となっても解決金を支払うことになる
裁判の結果、従業員が復職せずに合意退職となっても、解決金の支払いを余儀なくされることがあります。
懲戒解雇が無効と判断されると、解雇された従業員は復職できることになります。
しかし、懲戒解雇の実施により、会社と従業員間の信頼関係はすでに損なわれているはずです。
また、解雇の事実が社内にも周知されていれば、従業員の復帰は職場環境に混乱を生じさせるおそれもあります。
このように、現状として従業員が職場に復帰することが難しい場合に、会社が解決金を支払って、雇用契約を合意解約するケースはよく見られます。
解雇の解決金の相場は、事案の内容や解雇の違法性の程度によって異なりますが、給与の3ヶ月分から1年分に相当するケースが多いです。
⑥助成金の利用が制限される
懲戒解雇を行うと、助成金の受給に制限がかかる場合があります。
多くの雇用関連助成金では、「一定期間内に会社都合で従業員を退職させていないこと」が支給の条件となっています。
そのため、懲戒解雇を実施すると、一定期間は助成金の申請ができなくなる可能性があります。
具体的に、懲戒解雇が理由で利用が制限される助成金には、以下のようなものがあります。
- 雇用調整助成金(出向の場合)
- 産業雇用安定助成金
- 労働移動支援助成金(早期雇入れ支援コース)
- 中途採用等支援助成金
- 特定求職者雇用開発助成金
- トライアル雇用助成金
- 地域雇用開発助成金
- 障害者福祉施設設置等助成金
- 通年雇用助成金
- キャリアアップ助成金(正社員化コース、障害者正社員化コース)
- 人材開発支援助成金など
懲戒解雇のデメリットを軽減させるための対策
懲戒解雇は従業員への不利益が大きいため、有効性については厳しい判断となる傾向があります。
安易に懲戒解雇を強行すると、会社に大きな損害をもたらすおそれがあるため、リスクを踏まえた対策が必要です。
懲戒解雇のリスク対策や代替手段として、以下のようなものがあげられます。
- 懲戒解雇を裏付ける証拠を確保する
- 改善や弁明の機会を与える
- 退職勧奨を検討する
- 普通解雇を検討する
- 弁護士に事前相談する
懲戒解雇を裏付ける証拠を確保する
懲戒解雇トラブルが訴訟等に発展した場合、客観的な証拠の有無が、懲戒解雇の有効性の判断に大きく影響します。
もし、懲戒事由が明確でなく、証拠が不十分であれば、不当解雇と判断される可能性が高まり、会社は大きな損害を被ることになるかもしれません。
懲戒解雇を行う上では、懲戒解雇の相当性を裏付ける十分な証拠を確保しておくことが不可欠であると考えましょう。
懲戒解雇を裏付ける証拠として、以下のものが挙げられます。
- メールや社内文書(報告書、メモ、指導書など)
- 出勤簿やタイムカードなどの記録
- 不正行為であれば、不正書類や破損した物品など物的証拠
- 関係者からのヒアリング内容
ただし、これらの証拠はあくまで一例です。事案によって求められる証拠は異なります。
改善や弁明の機会を与える
従業員に何らかの非違行為があったとしても、1回の行為をもって懲戒解雇にすることは難しいでしょう。
会社には従業員を教育する義務がありますので、注意し、改善の機会を与える必要があります。
注意や指導を行っても非違行為を繰り返すようであれば、懲戒処分を検討することになります。
しかし、処分を実行する前には、従業員に弁明の機会を与えることも必要です。
本人の言い分を聞く機会を設けなければ、審議の過程が不明瞭であるとして、不当処分と判断されるおそれがあります。
懲戒解雇が相当と判断されるためには、非違行為の内容や経緯などはもちろん、本人の動機や反省の有無なども総合した上で決定しなければなりません。
弁明の機会については就業規則に規定がある場合とない場合がありますが、規定がなければ機会を与えなくてもよいというわけではありません。
特別な事情がない限り、弁明の機会を与えるようにしましょう。
退職勧奨を検討する
懲戒解雇はトラブルに発展しやすいため、リスクの大きさを踏まえれば他の手段を検討したほうが得策ともいえます。
懲戒解雇を行う前に、退職勧奨を検討してみることも有効な手段です。
懲戒解雇は、制裁として会社から一方的に雇用契約を解除する行為であるのに対し、退職勧奨は話し合いによって従業員が自主的に退職する行為です。
退職勧奨を選択することで、訴訟リスクを軽減することができ、円満な解決になる可能性が高まります。
ただし、重大な規律違反に対する制裁や企業イメージの回復といった点に関しては、効果は薄いでしょう。
退職勧奨はあくまで話し合いによる解決ですので、「退職に応じなければ減給する」など、従業員に対して圧力を加えることは許されません。
退職に応じなければ不利益があると示唆する行為は、退職強要とみなされ、不当解雇と判断される可能性があります。
詳しくは以下のページをご覧ください。
さらに詳しく退職勧奨が違法となるケース普通解雇を検討する
懲戒解雇は違反行為への制裁です。一方、普通解雇は会社都合や従業員の能力不足など、雇用契約を継続しがたいときに選ぶ手段です。
いずれも会社からの一方的な契約解除ですが、裁判では懲戒解雇の方が厳しく判断されます。
普通解雇が有効となるには、以下の要件を満たす必要があります。
- 客観的に合理的な理由がある
- 解雇予告または解雇予告手当の支払い
- 法令上の解雇制限に該当しない
- 社会通念上相当といえること
従業員の行為によっては、懲戒解雇と普通解雇いずれにも該当することがあります。
制裁として懲戒解雇を選ぶときでも、普通解雇の方が裁判で有効と認められやすいことを踏まえて、懲戒解雇と普通解雇を同時に言い渡す方法があります。
懲戒解雇はダメでも、普通解雇は認められるようにしておくことで、不当解雇のリスクを回避できます。
普通解雇の要件について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
弁護士に事前相談する
懲戒解雇は非常にデリケートな問題であり、外部への相談にためらいを感じる会社も少なくありません。
しかし、懲戒解雇は裁判に発展するリスクもあるため、処分を検討する早い段階で弁護士へ相談することは非常に有効な手段といえます。
懲戒解雇は、手続きのミスが不当解雇につながるリスクがあります。
弁護士に相談すれば、就業規則や解雇理由の精査、証拠の収集、手続きの合法性など、法的な観点からアドバイスを受けることで、リスクを回避できます。また、退職勧奨など解雇以外の解決策の提案を受けることも可能です。
さらに、裁判になった場合も、弁護士が複雑な手続きをサポートしてくれるため、会社に有利な結果が得られる可能性が高まります。
懲戒解雇が無効となった判例
事件の概要
【平成29年(ワ)第40629号 東京地方裁判所 令和元年6月26日判決 マルハン事件】
パチンコホールを経営するY社で店長として勤務していたXは、複数の部下やスタッフへのセクハラ、パワハラ、不倫などを行ったとして、懲戒解雇及び普通解雇処分を受けました。
この処分を不服としたXは、解雇は無効であるとして、裁判を起こした事案です。
裁判所の判断
裁判所は以下を理由に、懲戒解雇と普通解雇はいずれも客観的に合理的な理由と社会的相当性が認められず、無効と判断しました。
- Xは一部の店員と不倫関係にあったことを認めているが、職場でキスを強要されたり、飲食にしつこく誘われたなどの店員らの主張を裏付ける証拠がないため、セクハラは認められず、職場の秩序が乱れたと考えられるが、具体的な悪影響は不明である。
- パワハラについては、Xに行き過ぎた言動があったものの、悪質とまではいえず、懲戒解雇事由には該当しない。
- Y社の懲戒委員会においてどのような審議がなされ、どのような判断のもとに懲戒解雇を行うに至ったのかが明確でなく、Xによる反論の機会が実質的に保証されていたのかも疑問である。
ポイント・解説
裁判所は、セクハラの事実が認められないこと、パワハラが懲戒解雇事由に当たるとまではいえないこと、従業員に弁明の機会を設けていないことなどを理由に、懲戒解雇を無効と結論づけています。
セクハラやパワハラといったハラスメント行為は悪質であるため、懲戒解雇が適切と考える人も少なくないでしょう。しかし、会社が相当な理由をもって懲戒解雇に臨んだとしても、証拠や手続きに不備があれば、本件のように無効とされるリスクがあります。
懲戒解雇を実施するときは、ハラスメントの証拠を十分に確保するとともに、就業規則を踏まえた適切なプロセスを遵守することが重要です。
懲戒解雇によるデメリットやリスクを避けるためにも弁護士にご相談ください!
懲戒解雇は会社の秩序を守るための最後の切り札です。
しかし、従業員に与える不利益が大きいため、会社が安易に選択することは司法の場では認められません。
不当に懲戒解雇を行ったと判断されれば、バックペイや企業イメージの低下など会社に大きなダメージが生じるおそれもあります。
懲戒解雇の決断は慎重に行わなければならないといえるでしょう。
懲戒解雇によるデメリットの軽減やリスク対策は弁護士へご相談下さい。
弁護士法人ALGでは、多業種の企業労務に携わっており、懲戒解雇を含む懲戒処分のサポートについても数多くの実績があります。
懲戒処分の妥当性や資料準備、トラブル対応まで幅広く対応していますので、懲戒解雇に少しでも不安があれば、まずはお気軽にお問い合わせください。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
企業の様々な労務問題は 弁護士へお任せください
会社・経営者側専門となりますので、労働者側のご相談は受付けておりません
※国際案件の相談に関しましては別途こちらをご覧ください。
受付時間:平日 09:00~19:00 / 土日祝 09:00~18:00
- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
- ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
- ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。
- ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。