
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
テレワークなど働き方が大きく変化した現在、社員間のコミュニケーション不足や、真意の捉え違いによるハラスメントなどのトラブルも増えています。
職場でハラスメントが発生すると、被害者や周りの従業員の心を傷つけ、連鎖退職などの事態を招きかねません。企業の対応が不適切ならば、法的責任を問われ、社会的信用を失うおそれもあります。
ハラスメントを生まない職場を実現するためには、ハラスメントがもたらすリスクを認識した上で、適切に対処することが必要です。
本ページでは、ハラスメントが従業員や企業に及ぼすリスクや、ハラスメントが起きた場合に企業が取るべき対応、ハラスメントの予防策などについて、解説していきます。
目次
そもそもハラスメントとは?
ハラスメントとは、嫌がらせやいじめなどの迷惑行為を行い、相手に不快感を与えることを指します。ハラスメントには色々な種類がありますが、特に企業内で起こりやすいハラスメントとして、以下が挙げられます。
- セクシュアルハラスメント
例:上司が部下に対して性的な関係を求めたが、拒否されたため解雇する、抱擁など仕事上の必要がないのに社員の身体に無理やり触れるなど
- パワーハラスメント
例:他の社員の見ている前で叱責する、気に入らない部下を左遷する、業務上、あり得ない量のノルマを課すなど
- マタニティハラスメント
例:育児休業の取得を相談した女性社員に「休みをとるなら辞めてもらう」と言う、妊娠を報告した女性社員に「他の者を雇うので早めに退職してほしい」と言うなど
ハラスメントが従業員や企業に及ぼす影響・リスクとは?
ハラスメントが従業員や企業に及ぼす影響として、以下が挙げられます。
- 従業員がメンタルヘルス不調を引き起こす
- 職場環境の悪化により、生産性が低下する
- 退職者の増加や離職率の低下につながる
- 企業イメージが低下する
- 企業が法的責任を問われる
ハラスメントは、被害者の社員だけでなく、周囲にもメンタルヘルス不調を訴える社員が多くなるなどの影響があります。社員が能力を十分に発揮できなくなるため、生産性の低下や人材流出、企業イメージの悪化など、企業経営において重大なリスクとなり得ます。
従業員がメンタルヘルス不調を引き起こす
ハラスメントは、被害者に強いストレスを与え、うつ病や適応障害などの精神疾患を引き起こす可能性があります。
また、ハラスメントはそれを見聞きする周囲の従業員にも精神的な悪影響を与えます。「次は自分が被害者になるかもしれない」という恐怖心や、「従業員を助けてあげられなかった」という罪悪感から、抑うつ症状に陥るおそれがあります。
さらに、パワハラがあればそれだけで職場全体のやる気が削がれることは間違いありません。
なお、上司からのパワハラなど、仕事上のストレスが原因で、社員のメンタルヘルスが悪化した場合、労働災害と認定されるおそれや、会社に社員に対する安全配慮義務違反があったとして、損害賠償請求されるおそれがあるため注意が必要です。
メンタルヘルス不調について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
さらに詳しくメンタルヘルスの不調社員の対応ポイント職場環境の悪化により生産性が低下する
企業がハラスメントに気が付いていない場合や、気が付いていたのに放置するなど、適切に対処していなかった場合は、加害者や会社に不満を抱く社員が続発し、職場の雰囲気の悪化へとつながります。
被害者である従業員だけでなく、周囲の従業員のモチベーションも低下することで、ミスやアクシデントが増えるなど職場全体の作業効率が悪化し、生産性低下、ひいては業績の悪化へとつながるおそれがあります。
職場において、休職者や退職者が急増しているといった状況があるならば、ハラスメント問題が隠されていないか、事実関係を調査する必要があるでしょう。
退職者の増加や定職率の低下につながる
ハラスメントが発生すると、ハラスメントを受けた社員がメンタルヘルス不調を患い、耐え切れずに、休職したり、退職したりする可能性が高くなります。
また、会社や上司がハラスメントを放置していると、周囲の従業員は不信感を抱き、このような会社ではもう働きたくないと、退職していくリスクがあります。さらに、ハラスメント問題解決の担当者も、疲れ切って辞めてしまうおそれがあるでしょう。
特に優秀な従業員ほど、適切な対応をしない企業に見切りをつけて、早めに退社していく傾向が強く、その後を追うように、次から次へと従業員が辞めていく事態に陥りかねません。
退職者が増えれば、人材不足となり、在籍中の従業員に負担がかかります。その結果、過重労働に陥り、さらに退職者が増えるといった悪循環に陥る可能性があるため注意が必要です。
企業イメージが低下する
企業内でハラスメント問題が生じると、行政指導や裁判だけでなく、社員のSNSによる内部告発や、マスコミ報道にまで発展し、企業イメージが悪化するおそれがあります。
ハラスメントを放置するブラック企業として、社会的な信頼を一度大きく損なうと、顧客離れや取引中止、株価の暴落などが生じ、会社の存続を揺るがしかねない事態となりかねません。
また、企業イメージの悪化により採用市場で不利となり、優秀な人材を集めにくくなることも無視できません。それにより採用活動が長引けば、採用コストも増加してしまいます。
このように、ハラスメント問題は社員個人間の問題であるとはいえず、企業も社会的責任を追及される可能性があることに留意する必要があります。
企業が法的責任を問われる
企業は社員が安全で健康に働けるよう配慮すべき安全配慮義務を負っています(労契法5条)。
そのため、ハラスメント防止策を講じていなかった場合や、ハラスメント発生後に適切に対処しなかった場合は、安全配慮義務違反として、損害賠償請求される可能性があります(民法415条)。
また、ハラスメントが仕事をする中で行われた場合は、企業が使用者責任を負う場合があります(民法715条)。従業員の選任や監督に万全な注意を払っていれば免責されますが、裁判などで免責されたケースはまれです。
ハラスメントが企業ぐるみで行われた場合は、企業自身が不法行為責任を負う可能性もあります(民法709条)。
さらに、パワハラ防止法等は企業にハラスメント防止措置を義務付けています。これを怠った場合は、行政指導や勧告、会社名の公表の対象となります。
ハラスメントが起きたら企業はどのように対応すべきか?
ハラスメントが発生した場合、初動を誤ると、2次被害を生む可能性があります。そのため、迅速かつ適切に対応しなければなりません。ハラスメントが発生した場合の対応フローは、以下のとおりです。
①事実関係の確認
ハラスメントが発生した場合は、まず当事者や関係者への聴き取り調査を行い、事実関係の確認を行います。相談者に対しては、プライバシーを守ること、相談したことで解雇その他不利益取り扱いを受けないことを説明します。
ヒアリングが終わったら、当事者等の供述内容やハラスメントを裏付ける証拠を精査し、ハラスメントの有無、つまり事実認定を行います。
②被害者への適切なフォロー
事実認定の結果、ハラスメントがあったと認定された場合は、まず被害者に対し適切なフォローを行うことが必要です。
被害者と加害者の執務場所の引き離しや配置転換、労働条件上の不利益の回復、産業医等による定期的な面談の実施、休暇の付与、当事者双方の関係改善のサポート等の措置を講じます。
③加害者の懲戒処分等の検討
ハラスメントがあったと認定された場合は、一般的に就業規則上の懲戒事由に当たるため、加害者への懲戒処分を検討することになります。懲戒処分には、軽い順から、けん責や戒告、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇などが挙げられます。
ハラスメント行為に相応な処分である必要があり、重すぎる処分は無効となるため注意が必要です。また、懲戒処分を下す前に、加害者に弁明の機会を与えることも求められます。
④再発防止に向けた措置
ハラスメントが発生した場合は、まず原因を究明したうえで、同じことが繰り返されないよう、以下のような再発防止に向けた措置を講じることが必要です。
- 加害者に対する再発防止研修の実施
- 社内報などで注意喚起
- 事例を活用したより実態に応じた対策の検討(防止策の検討や会社のルール、研修内容などの見直し)
- 管理職登用条件の明確化(ハラスメントを行わない者を昇格の条件とするなど)
- 職場環境の改善を図る(残業の削減、コミュニケーションの活性化など)
ハラスメントリスクを回避するために企業がとるべき予防策
ハラスメントリスクを回避するために、企業がとるべき予防策として、以下が挙げられます。
企業方針の周知と啓発 | ハラスメントを許さないこと、ハラスメントが発生したら厳正に処分するといった会社の方針を明らかにし、社内報の配布やホームページ、ポスター掲示などを通じて、管理職を含む社員に周知・啓発します。 |
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就業規則等を整備する | 就業規則等にハラスメント規程を設け、ハラスメントの禁止や、ハラスメントに当たる言動例、ハラスメントへの対応ルール、ハラスメント行為者への懲戒処分等を明記し、社員に周知します。 |
ハラスメント研修の実施 | 弁護士によるセミナーへの参加や、民間企業が行うオンライン講座などを利用して、ハラスメントの予防研修を実施します。研修は管理職と通常の社員とで分けて行うとより有効です。 |
ハラスメント実態の把握 | ハラスメントの実態を把握するため、産業医や安全管理者によるヒアリング、ストレスチェックなどを定期的に実施します。アンケートの自己申告項目にハラスメントを入れるのも効果的です。 |
相談窓口の設置 | ハラスメントの相談窓口を設けて社員に周知します。相談窓口担当者が適切に対処できるよう、相談時の対応マニュアル作成や、相談担当者への研修などを実施するのが望ましいでしょう。 |
ハラスメント防止対策についてさらに詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
さらに詳しくハラスメントの8つの防止策ハラスメント問題で会社の責任が問われた裁判例
事件の概要
【平成29年(ワ)第10844号 大阪地方裁判所 令和2年2月21日判決 P社ほか(セクハラ)事件】
経営コンサルティング会社で秘書の仕事をしていた女性社員は、会社役員に同行して海外出張に赴いた際に、役員から「愛人になるか」と告げられるなどセクハラ行為を受けたため、単身で帰国しました。
帰国後、女性社員は会社に対し、セクハラの内部調査や再発防止のための措置の説明等を求めたにもかかわらず、会社側は何も対応せずに放置していました。そのため、女性社員は出社することができず、3ヶ月後に退職するに至りました。
女性社員は、会社と役員に対し、セクハラによる慰謝料と、会社の職場環境整備義務違反により退職せざるを得なくなったとして、出社できなかった期間の給与や、退職による逸失利益を求めて提訴しました。
裁判所の判断
裁判所は、役員の言動は、女性社員に対し意に沿わない性的関係等を求める危機感を抱かせるものであったとして、セクハラ行為に該当するとし、会社の使用者責任も認めて、会社と役員に対し、50万円の慰謝料の支払いを命じました。
また、女性社員がセクハラ被害を訴えていたにもかかわらず、会社として採るべき事実関係の調査や出勤確保のための対策を怠ったとして、職場環境整備義務に違反したと判示し、会社に対して、退職を余儀なくされたことによる損害として、出社できなかった期間の給与の支払いと、退職による逸失利益として3ヶ月分の給与相当額の支払いなどを命じました。
ポイント・解説
多くの企業では、ハラスメント防止措置義務を果たすために、就業規則にハラスメント禁止規定を設けたり、相談窓口を設置したりするなどの対応をしているものと考えられます。
しかし、この判例によれば、ハラスメントが発生した後の会社の対応次第で、本来解決できる事案であったはずが紛争へと発展し、会社側が損害賠償責任を負うリスクがあるという点に注意しなければなりません。
特にハラスメントにより社員がメンタル不調となったり、休職や退職を余儀なくされたりした場合は、再就職までにかかる期間の給与相当額の損害賠償や慰謝料の支払いが命じられるケースもあり、会社の金銭的負担が大きくなる可能性がある点にも留意する必要があります。
なお、職場環境義務に違反しないようにするためには、ハラスメントを防止するための措置を十分に行い、ハラスメント発生後も、迅速に事実関係の調査を行い、再発防止策を講じることが必要です。
ハラスメントのリスクを最小限に抑えるためにも弁護士にご相談ください
ハラスメントは、労務管理上の問題であって、裁判などでも企業の責任は広く認められる傾向にあります。そのため、個人間の問題であって、企業には責任がないという考えでは通用しないことを認識した上で、適切なハラスメント防止措置を講じなければなりません。
また、生産性の低下や損害賠償責任など、ハラスメントで企業が抱えるリスクは大きいです。リスクを最小限に抑えるためにも、ハラスメント対策は、弁護士に相談することをお勧めします。弁護士法人ALGには、企業側の労働法務に精通する弁護士が多く在籍しています。
ハラスメントの予防策や、ハラスメントが発生した場合の事実関係の調査や事実認定、団体交渉への対応など、様々な面でお力になることが可能です。ぜひご相談ください。
この記事の監修

弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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