ハラスメント
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#労災

監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
職場内で起こったハラスメントについて、従業員が労災申請を行うケースがあります。労災と認定されると、会社には慰謝料請求や休業補償の補填などが発生するだけでなく、社会的信用の毀損などの対外的なデメリットも生じる可能性があります。
ハラスメントが労災事案に至るリスクを理解することはもちろんですが、ハラスメントが起こらない職場環境作りを進めることも重要です。
本稿では、ハラスメント事案が労災認定される基準や、会社側が取るべき対応策など幅広く解説します。
労災認定のリスクや証拠の重要性を理解し、適切な職場管理や予防対策にお役立て下さい。
目次
パワハラ等のハラスメントは労災になる?
職場でのハラスメントが原因で怪我や病気をした場合には、労災として認定される可能性があります。労災とは、労働者が業務上または通勤中に被った災害に対して、国が保険給付を行う制度です。
労災はケガなどの肉体的な損害だけではありません。業務に起因して従業員が心身に異常をきたした場合にも、労災保険の対象となります。
近年のハラスメント事案は精神攻撃が増加していますので、そのような傾向についても把握しておくべきでしょう。
厚生労働省では、パワハラについて以下のような6類型を公表しています。
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
従業員から労災申請がなされた場合、会社は事実関係を調査したうえで、適切に対応しなければなりません。必要に応じて、弁護士への相談も視野に入れましょう。
ハラスメントが原因で労災が認められた裁判例
令和3年(行コ)第70号・令和5年4月25日・名古屋高等裁判所・控訴審
この事案では、新卒入社7ヶ月後に自殺した従業員について、業務による強い心理的負荷が生じていたことが認められ、労災と判断されました。
裁判所は、上司からの人格否定を伴う叱責や業務外の不当な指示(飲み会の強要、風俗店予約等)、業務指導の範囲を超える叱責などのパワハラによる心理的負荷を認定しました。
また、新入社員には困難かつ遅延した案件を十分な指導や資料なしで担当させた業務による心理的負荷についても認定しています。
加えて、急遽任された中間報告で内容を理解できないまま顧客対応を行い、失敗により更に負荷が増大したと判断しました。
裁判所はこれらを総合的に評価し、日常的なパワハラや困難業務の対応を合わせ、全体として心理的負荷の程度を「強」と認定し、原審を覆して労災として認定しました。
ハラスメント(パワハラ)の労災認定基準とは?
パワハラが労災として認められるには、厚生労働省が公表している業務による心理的負荷評価表という明確な基準があります。具体的には以下の3つの要件を満たした場合に、労災認定される可能性が高まるため、下記ポイントをよく理解しておくべきでしょう。
- 発症前おおむね6ヶ月以内に業務による強いストレスを受けたこと
- 精神障害を発症していること
- 業務外の心理的負荷により発症したとはいえないこと
各ポイントについて、以降で詳しく解説していきます。
①発症前おおむね6ヶ月以内に業務による強いストレスを受けたこと
精神疾患の労災認定においては、発症前おおむね6ヶ月以内に業務による強い心理的負荷を受けた事実が重要な要件の1つとなっています。これは、精神疾患の発症と業務上のストレスとの因果関係を判断するための期間設定です。
例えば、上司から治療を要するほどの暴行や、執拗な精神的攻撃(人格否定、侮辱、脅迫など)を受けた場合には、強い心理的負荷として労災認定の対象となります。
しかし、パワハラに該当しない程度のトラブルについては、それだけでは労災認定の対象とはなりません。
たとえば、強い叱責等であっても、それが業務上の指導や注意、意見の相違など、通常業務の範囲内のものであれば、それだけで労災として認定されることはありません。
ハラスメントが労災と認められるには、その心理的負荷が「強」と判断できるか、もしくは状況を総合的に考慮して強度のストレスに該当すると認められた場合に、労災の対象となります。
②精神障害を発症していること
パワハラによる労災認定を受けるためには、実際に精神障害を発症していることが必要となります。この精神障害は、世界保健機関(WHO)が定める国際疾病分類(ICD)において分類されるものでなければなりません。
発病の有無については、主治医の意見書や診療記録、関係者からの聴取内容等の認定事実を基にして医学的に判断されます。
労災として認定される精神障害の代表には、以下のような疾病が挙げられます。
- F2 統合失調症、統合失調症型障害および妄想性障害:幻覚や妄想などを伴う精神機能の障害。
- F3 気分(感情)障害:うつ病、双極性障害など、気分の落ち込みや高揚を特徴とする障害。
- F4 神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害:適応障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、不安障害など、ストレスや心的外傷に起因する障害。
- F6 成人のパーソナリティおよび行動の障害:特定の状況下で問題となる行動パターンを示す障害。
パワハラによる労災認定で特に多いのは、適応障害やうつ病などのF3、F4に分類される精神障害です。これらの障害は、業務上のストレスやハラスメントが原因で発症することが多く、労災認定の対象になりやすいと考えられます。
③業務外の心理的負荷により発症したとはいえないこと
たとえ精神障害が発症し、強い心理的負荷が認められたとしても、その心理的負荷の原因が職場以外にある場合は、原則として労災とは認められません。
労災保険は、あくまで業務に起因する災害を補償する制度であるため、業務と精神障害の発症に因果関係が必要とされているためです。
業務外の心理的負荷の具体例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 離婚や別居などの家庭問題
- 自身や家族の重い病気やケガ
- 家族の死亡
- 多額の財産の損失
- 天災や犯罪被害の体験
そのほか、過去に精神疾患による通院歴がある場合にも、従業員側の個体要因によって精神疾患を発症したと判断され労災対象外となるケースがあります。
業務内や業務外に複数の要因が考えられる場合には、どれが発症の原因といえるのかを慎重に判断する必要がありますので、弁護士に相談したほうがよいでしょう。
ハラスメントが労災認定された場合の会社側のデメリット
ハラスメントが労災に認定された場合、会社には様々なデメリットが生じるおそれがあります。通常考えられるデメリットは以下の通りです。
- 被害者から慰謝料請求を受ける可能性がある
- 休業補償が必要となる可能性がある
- 解雇が制限される可能性がある
- 報道などにより社会的信用が低下する
- 労働保険料が値上がりする可能性がある
被害者から慰謝料請求を受ける可能性がある
ハラスメントによる精神的・身体的に被害を受けた従業員が、会社の安全配慮義務違反などを理由に慰謝料請求を行うケースがみられます。
ハラスメントが労災認定された場合には、労災保険から治療費や後遺症に対する補償等は支給されますが、慰謝料は労災保険の対象外です。
労災保険には、精神的苦痛に対する補償は基本的に含まれませんので、慰謝料については労災申請とは別に損害賠償請求を受ける可能性が考えられます。
慰謝料請求があった場合、トラブルが肥大化しないよう、会社は適切な対応を行う必要があります。
休業補償が必要となる可能性がある
ハラスメントが原因で労災認定された従業員が休業した場合、労災保険から休業補償給付が支給されます。しかし、この休業補償給付は、給与の全額を補填するものではありません。
通常、給付基礎日額の8割相当額が支給されますが、休業前の給与額には不足するケースが多いでしょう。そのため、会社は、従業員の給与と休業補償給付の差額分を補填する責任を負う場合があります。
これは、会社が安全配慮義務を怠った結果、従業員が休業せざるを得なくなったため、会社が責任を負うべきとされています。
解雇が制限される可能性がある
労災認定を受けた従業員については、労働基準法によって解雇が制限されることになります。具体的には、療養のために休業する期間と、その後30日間は原則として解雇することができません。
これは、労災による休業中の従業員の雇用を保障し、治療に専念できる環境を与えるための制度です。つまり、休職期間満了までに従業員が復職できない場合でも、直ちに雇用を終了させることはできません。
ただし、例外的に、労災による治療開始後3年を経過しても、治療が終わらないと判断される場合は、平均賃金の1200日分を従業員に支払うことで、解雇が認められることになります。
そのほか、労災保険から傷病補償年金を受けている場合にも、解雇が認められるとされています。労災による解雇制限や、その例外対応等については、弁護士へ相談し、慎重に判断することをおすすめします。
報道などにより社会的信用が低下する
ハラスメントを原因とした労災認定の報道がなされると、会社の社会的信用が大きく揺らぐ事態に陥るかもしれません。
マスメディアやインターネット上で問題が取り上げられることで、職場環境の悪さや社内体制の不備が世間に知られれば、会社に対して非難や厳しい意見が集中するおそれがあります。
このような報道は、会社のブランドイメージを低下させるだけでなく、取引関係にも悪影響を及ぼしかねません。
顧客や取引先からの信頼を失えば、会社の経営にも直結する事態になり得るでしょう。
労働保険料が値上がりする可能性がある
労災事故が発生すると、労働保険料が値上がりする可能性があります。一定の要件を満たした会社にはメリット制といわれる労働保険料が変動する制度が適用されます。
メリット制とは、保険料の負担を公平化するために、労災事故の発生率に応じて保険料率を上下させる制度です。
このメリット制が適用されている場合には、労災事故が発生することで、労災保険からの給付実績に基づいて労働保険料が増額されることがあります。
ただし、通勤災害についてはメリット制の対象外となりますので、この場合には労働保険料の値上がりは生じません。メリット制による労働保険料の値上がりについては、従業員数や業種などによって異なりますので、気になる場合は弁護士へご相談下さい。
ハラスメントについて労災申請された場合に会社側が取るべき対応
ハラスメントについて労災申請された場合、会社は適切な対応を迅速にとらなければなりません。会社が取るべき主な対応は以下の通りです。
- できるだけ早く弁護士に相談する
- 事実関係を調査する
- 申請内容が事実であれば事業主証明を行う
- 申請内容に疑義があれば意見申出制度を利用する
それぞれの対応について、以降で解説していきます。
できるだけ早く弁護士に相談する
ハラスメントに関する労災申請があった場合、できるだけ早く弁護士に相談することをおすすめします。なぜなら、労災申請への初期対応が、その後の会社の法的責任などに影響するおそれがあるからです。
早期に弁護士に相談することで、法的リスクを最小限に抑え、適切な対応策を講じることができるでしょう。事案によって異なりますが、弁護士に相談することで以下のような法的サポートをうけることができます。
- 法的リスクの評価:労災事故の内容を踏まえた会社の法的責任(安全配慮義務違反、使用者責任など)のリスク評価
- 事実関係調査のサポート:適切な証拠収集方法や、関係者へのヒアリング方法についてのアドバイス
- 労基署への対応:労働基準監督署への対応や意見書の作成など
- 紛争解決の代理人業務:被害者との示談交渉や労働審判、訴訟などに発展した場合の代理人活動
- 再発防止策の策定:ハラスメント防止規程の見直し、研修の実施、再発防止策の策定など
事実関係を調査する
ハラスメントによる労災が起こった場合、会社は事実関係を正確に把握することが極めて重要となります。正しい調査を行うことで、労災事故の内容の真偽や原因の特定ができ、適切な対応策を講じることが可能となります。
しかし、調査の結果、会社が労災ではないと判断しても、従業員が労災申請を希望することが考えられます。
労災申請は、労災の利用を希望する本人が手続きすることが基本ですが、事故の影響等で自分で行うことが難しく、会社に申請を依頼することもあるでしょう。会社は労災ではないと判断していても、一方で会社には助力義務が課されています。
これは、従業員が申請手続きを行うことが難しい場合に、会社がその手続きをサポートする義務をさします。不合理に申請への協力を拒むことは、この助力義務に違反する行為といえますので、適切な調査と申請協力を徹底することが大切です。
申請内容が事実であれば事業主証明を行う
労災保険の給付請求書には、事業主が記入する証明欄が設けられています。申請内容が事実と認められる場合、会社はこの欄に必要な証明を行う義務があります。
しかし、内容に疑問や誤りがある、会社の認識と異なるなどの場合は、無理に証明する必要はありません。不確かな内容にもかかわらず証明を行ってしまうと、会社の法的責任にも影響を及ぼす可能性があるためです。
社内調査の結果、ハラスメントの事実が確認できなかったにもかかわらず、申請書の災害原因がハラスメントとなっていれば、安易に署名することはトラブルに繋がります。
申請内容が正確かつ真実であると判断した場合にのみ、事業主証明を行うべきです。
申請内容に疑義があれば意見申出制度を利用する
意見申出制度とは、労働基準監督署に対して自社の見解や証拠を提出し、申請内容に疑義や異議を申し立てる仕組みです。
労災調査において、会社の調査結果が以下のケースである場合には、積極的に意見申出制度を利用して、自社の見解や証拠を伝えることが大切です。
- 社内調査の結果、パワハラの事実が確認できなかった場合
- 業務外の理由による精神疾患の可能性を示す場合
この制度を用いることで、後に訴訟に発展した場合には証拠として用いることもできるでしょう。適切な証拠収集や会社の意見申し出によって、労働基準監督署に公正な判断を仰ぐことができ、自社の立場を守ることができます。
社内で起きたハラスメントについて労災申請された場合はなるべく早く弁護士にご相談ください
ハラスメントに関する労災申請は、会社にとって大きなリスクを伴います。申請があった場合、まずは事実関係を丁寧に調査し、できるだけ早く弁護士に相談することが重要です。初期対応を誤ると、法的責任や社会的信用の低下につながる可能性があります。
証拠の収集や労働基準監督署とのやり取りも、専門家のサポートがあれば安心でしょう。
弁護士法人ALGでは、ハラスメントを含む労務トラブルに多数の対応実績があり、状況に応じた具体的なアドバイスを行っています。全国に支部がありますので、まずはお気軽にご相談ください。
この記事の監修

弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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