トラブル
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#雇用契約書

監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
雇用契約書は、入社時の労働条件について会社と労働者が合意したことを証明する書類として重要なものです。
しかし、中には雇用契約書を交付していない企業や、労働条件通知書との違いが分からず混同している企業も少なくないようです。
雇用契約書の交付は法的義務ではありませんが、雇用契約書がないと契約内容が曖昧になりがちです。「聞いていた給与と違う」「残業があるなんて聞いてない」などのトラブルが生じる可能性があるため、雇用契約書の整備をおすすめします。
この記事では、雇用契約書がないのは違法か、起こりやすいトラブルなどについて解説します。
目次
雇用契約書がない会社は違法?
雇用契約書とは、会社と労働者が労働条件について互いに合意したことを証明する書面です。
給与や労働時間、業務内容など労働条件に関する重要事項が明記され、双方が署名・押印することで合意したことを証明します。
雇用契約書の交付は会社の任意であり、作成しなくても違法ではありません。
民法623条は「雇用は当事者一方が相手方に労働に従事することを約し、相手方がその報酬を与えることを約することで効力を生ずる」と定めており、雇用契約の締結時に書類の作成までは求めていないからです。つまり、口約束のみでも、双方が合意していれば雇用契約は成立します。
ただし、雇用契約書がないと、後で言った・言わないのトラブルが生じる可能性があります。
会社が提示した労働条件に同意して働き始めたことを証明するためにも、作成するのが望ましいでしょう。
労働条件通知書は交付していないと違法
労働条件通知書とは、労働者に対して労働条件を明示する書面です。
契約社員やパートなど雇用形態にかかわらず、入社時や労働条件の変更時に、労働者に交付することが義務付けられています(労基法15条)。交付を怠ると30万円以下の罰金が科されます。
労働条件通知書には、以下の事項を記載しなければなりません。
- 労働契約の期間
- 期間の定めがある場合は更新の有無と基準、更新上限、無期転換ルール
- 就業場所と業務内容
- 始業・終業時刻、時間外労働の有無、休憩、休日、休暇等
- 賃金の決定・計算・支払の方法、昇給(昇給は口頭でも可)
- 退職、解雇
- 昇給・賞与・退職金の有無、相談窓口(短時間労働者のみ)
- 制度がある場合の記載事項(退職金や賞与、安全衛生、休職、職業訓練、表彰、制裁など)
用契約書と労働条件通知書の違い
雇用契約書と労働条件通知書は、どちらも労働条件を明示する書類ですが、法的性質に違いがあります。
雇用契約書は会社と労働者が労働条件について合意したことを証明する書面です。契約書であるため双方の署名・押印が必要です。
一方、労働条件通知書は会社から一方的に交付する書面であり、労働者側の署名・押印は不要であるため、労働者との合意は証明できません。
また、雇用契約書の内容に定めはなく、給与や福利厚生、機密保持など幅広い事項を記載できますが、労働条件通知書の内容には法的な定めがあります。
その他、以下の違いがありますのでご確認ください。
雇用契約書 | 労働条件通知書 | |
---|---|---|
作成の義務 | なし | あり |
記載内容 | 定めはない | 法的な定めがある |
交付・締結方法 | 会社と労働者との双方で締結 | 会社から労働者に対して一方的に交付 |
目的 | 労働契約の成立証明 | 労働条件の明示 |
適用される法律 | 民法 | 労働基準法 パートタイム労働法 労働者派遣法 |
雇用契約書がない場合に起こりやすいトラブル・デメリット
雇用契約書が存在しない場合に起こり得るトラブルやデメリットとして、以下が挙げられます。
- 求人情報と実際の労働条件が異なる
- 固定残業代の有効性が認められない
- 退職・解雇のルールが不明瞭になる
- 試用期間のルールが不明確になる
- 転勤や配置転換のルールが不明確になる
以下で具体的に見ていきましょう。
求人情報と実際の労働条件が異なる
労働者は求人情報を見て応募してくることが通常ですが、求人票に掲載された労働条件と実際の待遇が違うというケースは珍しいことではありません。
雇用契約書がなければ、仮に口頭で雇用契約の内容を説明していたとしても、労働者から「聞いていない」と言われてしまえば、求人票と異なる労働条件で合意したことの証明はできません。
トラブル防止のためにも、雇用契約書を交付し、証拠として残しておくべきでしょう。
固定残業代の有効性が認められない
残業代計算の労力カットや残業抑制のため、固定残業代制を導入する会社は多いでしょう。
固定残業代制が有効に認められるには、就業規則と雇用契約書に固定残業代制の仕組みを明記し、労働者ごとに内容を示して、納得してもらうことが必要です。
裁判例でも、固定残業代については、雇用契約締結の段階で、その金額や対象時間数、超過残業分の別途支払い等まで社員と合意できていなければ、残業代の支払いとは認められないという事例が多く存在します。
雇用契約書がないと、仮に口頭で固定残業代について合意を得ていたとしても、残業代の支払いとは認められず、別途残業代の支払いを余儀なくされるおそれがあります。
退職・解雇のルールが不明瞭になる
雇用契約書には、一般的に退職や解雇のルールを明記します。
具体的には、定年の年齢や自己都合退職の届出期間、解雇の事由や手続きなどを記載します。
特に解雇は法律で厳しく制限されており、解雇するには正当な理由が必要です。
例えば、無断欠勤を続け再三指導しても改めない、横領など不正な行為を働いた等の事情があれば、解雇が認められる可能性が高いでしょう。
しかし、雇用契約書がないと、解雇のルールが不明確になり、会社側が不当な理由で解雇してしまうリスクが高まります。社員が安心して働くためにも、雇用契約書を作成し、退職や解雇のルールを明確に示すことが必要です。
試用期間のルールが不明確になる
雇用契約書による定めがなくても、就業規則に試用期間のルールを定めて周知していれば、そのルールが適用されます。
ただし、就業規則に試用期間について具体的な記載がない場合や、社員に周知されていない場合は、試用期間のない雇用契約と評価されてしまいます。その結果、社員側の緊張感が薄れる、解雇が困難になるなどのリスクが生じます。
また、雇用契約書がないと、社員が試用期間のルール(期間や賃金、延長事由など)を理解せずに入社するリスクがあります。
試用期間中は本採用時よりも待遇が良くないことが多いため、トラブルとなる可能性が高いです。
そのため、雇用契約書にあらかじめ試用期間のルールを定めておくべきでしょう。
試用期間中の解雇について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
さらに詳しく試用期間中の問題社員を解雇できる?認められる理由や企業側のポイント転勤や配置転換のルールが不明確になる
会社の命令により勤務地を変更する「転勤」や、部署や職務内容を変更する「配置転換」については、社員の同意が得られず、トラブルになる可能性が高いものです。
そのため、転勤や配置転換の可能性があることは、就業規則に明記している会社が多いです。
しかし、雇用契約書がないと、配置転換の可能性がある点について合意があったことを証明できず、社員が拒否した場合、配置転換が行えないリスクがあります。裁判例でも、就業規則の規定だけを根拠として発令した転勤命令を否定したものがあります。
トラブルを防止するためにも、入社時に転勤や配置転換があり得ることを社員に説明した上で、雇用契約書にも明記しておくのが望ましいでしょう。
配置転換が違法となるケースについて知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
パートやアルバイトでも雇用契約書は必要?
パートやアルバイトを採用するにあたって、雇用契約書の作成は法的義務ではありません。
しかし、パートやアルバイトについては、1年契約など雇用期間を定めて雇用する企業が多いです。
雇用契約書がないと、社員が雇用契約の延長を希望する場合に、雇用期間の定めがあったのか否かを巡って争いとなるおそれがあります。
トラブル防止のためにも、有期雇用であることを雇用契約書により明示し、社員のサインを得て、有期雇用を承知のうえで入社した証拠を残しておくことが必要です。
雇用契約書のトラブルを回避するために知っておくべきルール
労使トラブルを回避するためにも、雇用契約書は作成しておくのが万全です。
雇用契約書を交付することで、労働条件に関する労使双方の認識のズレをなくすことができます。
また、雇用契約書は万が一裁判になった際も大きな力を発揮し、会社側に有利な結果をもたらす可能性が高まります。
会社が労働者に対して一方的に交付する労働条件通知書とは異なり、雇用契約書には労働条件に互いに合意して契約したことを示す署名・押印があるからです。
以下で、実際に雇用契約書を作成する際に知っておくべきルールについて見ていきましょう。
雇用契約書を交付すべきケース
雇用契約書の作成は法的義務ではありませんが、職務内容や労働環境によっては、作成が必要なケースがあります。
特に労働条件通知書だけでは労働者から誤解される可能性のある複雑な労働条件がある場合は、雇用契約書の交付によりトラブルを回避できます。
雇用契約書を交付すべきケースとして、以下が挙げられます。
- 労働時間制が特殊な場合(変形労働時間制、フレックスタイム制、裁量労働制、みなし労働時間制、固定残業制など)
- 残業発生の可能性がある場合
- 転勤や配置転換の可能性がある場合
- 転勤や配置転換の可能性がある場合
- 試用期間を設ける場合
- 高度な専門知識や技能を要する職種
- 賞与や手当の支給条件が複雑な場合など
雇用契約書の作成・交付方法
雇用契約書について作成のルールはなく、自社オリジナルの契約書を作成しても問題ありません。
ただし、どのような内容で合意したのか明記しておかなければ、トラブルにつながりかねません。
少なくとも以下の事項については、雇用契約書に記載しておく必要があります。
- 契約期間と勤務場所
- 業務内容
- 始業・終業時刻
- 休憩時間、休日、休暇
- 賃金
- 退職
ひな型はネットなどから取得し、自社にあわせて変更して使用するのが良いでしょう。
事務処理を減らしたい場合は、労働条件通知書と雇用契約書を合わせて労働条件通知書兼雇用契約書を作成することも可能です。この場合は、労働条件通知書で記載が必須となっている事項の漏れがないようご注意ください。
雇用契約書は書面交付が原則ですが、労働者からの希望があれば、電子メールやLINEなど電子交付も認められています。
雇用契約書の保管義務
雇用契約書は、社員の退職日からカウントして5年間、保管することが義務付けられています(労基法109条)。労働者を雇用する会社は電子データや台帳などで雇用契約書を保存する必要があります。
これまで雇用契約書の保存期間は3年でしたが、2020年4月から5年に延長されました。これは、賃金請求の時効が2年から5年に延長されたためです。雇用契約書だけでなく、履歴書や労働条件通知書など雇用に関わる書類はすべて5年の延長の対象です。
経過措置として当面は3年の保管が認められていますが、いつまで続くか分からないため、早めに雇用関連書類の保存の見直しを行う必要があります。
雇用契約書についてのご不明点は弁護士にご相談ください
労働条件通知書の交付義務はありますが、雇用契約書に交付義務はありません。
しかし、雇用契約書には労使トラブルの予防効果がありますので、交付することが望ましいでしょう。
雇用契約書の作成には労働関連法の深い知識が求められるため、作成する場合は弁護士のリーガルチェックを受けることをおすすめします。
弁護士法人ALGには、企業法務に精通する弁護士が多く所属しており、雇用関連の書類の作成について豊富な実績があります。
企業や業界のニーズに合わせた実効性の高い雇用契約書を作成することが可能です。
雇用契約書について何かご不明な点がある場合は、ぜひお気軽にご相談ください。
この記事の監修

弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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