監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
会社経営が悪化し、賃金や退職金の引き下げなど、社員の労働条件の変更を検討せざるを得ない場面もあるでしょう。
この場合、一度取り決めた労働条件の内容を途中で変更できるか疑問が生じるかもしれません。
労働条件を変更する場合は、労働契約法のルールにより社員から同意を得ることが原則です。
ただし、就業規則の変更によって労働条件を変更する場合には、一定の要件を満たせば同意なしでも変更できる可能性があります。
この記事では、労働条件を変更する方法や注意点について解説します。
目次
労働条件の変更はできる?
会社と労働者で話し合って合意すれば、労働条件を途中で変更することは可能です(労契法8条)。
労働条件とは、賃金や労働時間、休日など、働く上で必要な条件のことです。
例えば、賃上げや退職金の導入など労働者にメリットのある条件変更であれば、反対される可能性は低いため問題は生じないでしょう。
他方、賃金や退職金の減額など労働者にとって不利益となる変更については、反発されて同意を得られない可能性があります。
この場合は、変更内容が合理的なものであれば、労働者と合意しなくても、就業規則の変更により変更できる場合があります。
労働条件を変更した場合は「労働条件通知書」などを社員に交付し、通知する義務があります。
労働条件の不利益変更には合理性が必要
社員との個別の合意がないとしても、労働条件の不利益変更に合理的な理由がある場合は、就業規則の変更により変更できる場合があります。変更内容の合理性は、主に以下の要素を考慮して判断されます。
- 労働者が受ける不利益の程度
賃金や退職金の減額などは社員の生活に直結するため厳しく判断されます。代わりに休日を増やすなど不利益の緩和措置を講じる必要があります。 - 変更の必要性
「賃金を減額しなければ事業継続が難しい」「役員報酬や新規採用を止めても経営が改善されない」など緊急の状況が求められます。 - 変更後の内容の相当性
変更後の労働条件が、他の労働者や同業他社と比較して不当でないか。賃金の減額を〇歳以上に限定するなど不公平な適用は認められません。 - 労働組合などとの交渉状況
労働組合等に経営資料などを示して十分な説明・協議を行ったか。
労働条件を変更する3つの方法
労働条件を不利益に変更する方法として、以下の3つの方法が挙げられます。
- 労働者の個別同意の取得
- 就業規則の変更
- 労働協約の変更
以下で、それぞれの方法について具体的に見ていきましょう。
労働者の個別同意の取得
労働条件を不利益に変更する場合は、社員一人ひとりから同意を得ることが原則です。
そしてその同意は書面で取得する必要があります。不利益変更の内容と必要性を詳しく明記した同意書を作成し、社員に署名・捺印してもらいましょう。
同意書を取得する際に重要となるのが、「自由な意思による同意を得る」という点です。
変更内容や不利益の程度だけでなく、経営状況や変更に至った背景なども丁寧に説明し、納得の上で同意してもらう必要があります。これらの説明が不十分である場合は、自由意思による同意でないとして、同意が無効となる可能性があります(最高裁判所 平成29年2月19日判決参照)。
特に賃金や退職金など重要な労働条件の不利益変更については、この点が厳しく判断されます。
また、「同意できなければ解雇する」など、解雇を盾に同意を迫ることも認められません。
トラブルを防ぐためにも、面談時のやりとりは記録しておくべきでしょう。
就業規則の変更
社員の同意を得て労働条件を変更しようとしても、一部の社員から反発され、サインをもらえないケースもあります。この場合は就業規則を変更することで、同意していない社員にも労働条件の変更を適用することが可能です。
ただし、就業規則による労働条件の変更を行うには、変更後の就業規則を周知しその内容に合理性が認められる必要があります。合理性については、労働者の不利益の程度や変更の必要性、新就業規則の内容の相当性、労働組合との交渉状況などを踏まえて判断されます。
例えば、福利厚生や休職規定の不利益変更は認められやすいですが、賃金や退職金の減額は生活に直結するため厳しく判断されます。赤字が数期連続し経営危機にあるなど高度の必要性がある場合に限り認められます。
就業規則を変更する際は、変更後の就業規則・変更届・労働者代表の意見書を作成し、労働基準監督署に届け出て、社員にも周知する必要があります。
労働協約の変更
労働組合が存在する場合には、会社と労働組合との間で労働協約を取り交わすことで、組合員の労働条件をまとめて変更することができます。労働協約の内容は、当該労働組合に所属する労働者の労働条件に反映されるからです。
さらに、事業場の4分の3以上の労働者が労働協約の適用を受ける場合には、非労働組合員である労働者にもその協約が適用されます。
すべての労働者が労働組合に所属していなくても、労働組合から合意を得ることで、まとめて不利益変更することが可能です。
労働協約の変更による不利益変更の手順は、以下のとおりです。
- 就業規則の変更案を作成する
- 労働組合と協議する
- 労働協約を締結する
- 就業規則を変更し、労働基準監督署に届け出る
- 変更後の就業規則を社員に周知する
労働条件を変更する場合の注意点
労働条件の変更方法や内容によっては、労使トラブルが生じるおそれがあるため注意が必要です。
労働条件を変更する場合の注意点として、以下が挙げられます。
- 労働者へ同意を強要しない
- 労働条件の変更に虚偽があると同意は取り消される
- 労働基準法等の労働条件を下回ることはできない
- 労働条件通知書の内容によっては変更できない
労働者へ同意を強要しない
労働条件の変更には社員の自由な意思による同意が必要であり、そうでなければ「同意したもの」と評価されません。自由な意思で同意したことを証明するために、十分な説明と検討時間を与える必要があります。
説明後すぐにサインを求めるのではなく、持ち帰りを認めて検討してから回答する猶予を与えましょう。
なお、社員に「サインしろ」と迫ることや、「同意しないなら解雇する」など退職を盾にして即答を迫ることは、強制や強要にあたり無効となります。
裁判に発展するおそれもあるため、あくまでも社員が自発的な意思で同意できるよう説得することが重要です。
労働条件の変更に虚偽があると同意は取り消される
会社が労働条件の変更理由として嘘の情報を伝えて同意書にサインさせた場合は、詐欺による意思表示として、社員から同意を取り消される可能性があります(民法96条)。
例えば、会社として経営不振の事実はないのに、「業績が悪化しているから給与をカットする」などと虚を言った場合が挙げられます。
このような場合は、同意が無効となる可能性があるため注意が必要です。労働条件変更の理由や変更内容には間違いや嘘がないよう、正しく説明することが重要です。
労働基準法等の労働条件を下回ることはできない
労働条件を変更する場合は、労働基準法や労働協約、就業規則の内容に違反していないか確認することが必要です。
労働基準法には、賃金や労働時間、休憩、休日など様々なルールが定められています。
労働基準法は労働者を保護するために施行された法律なので、たとえ社員の同意を得られていても、労働基準法を下回る条件は認められません。労働基準法は改正されることが多いため、変更前に必ず目を通して確認しておくことが重要です。
また、労働協約や就業規則で定められた基準を下回る労働条件も、同じくその部分について無効となります。労働協約や就業規則の基準が優先されるためご注意ください。
労働条件通知書の内容によっては変更できない
労働条件通知書の内容によっては、労働条件の変更ができない場合があります。
労働条件通知書とは、入社時や労働条件の変更時に、労働条件を明示するために交付する書面です。
例えば、通知書に「業務内容や就業場所は入社後に変更する可能性がある」などの文言を明記していなかった場合は、原則として変更できません。
社員が会社からの要求を断れず同意したとしても、自由意思による同意ではないとして、無効になる可能性があります。
やむを得ず変更する必要がある場合は、賃金の増額や手当の支給など、社員から納得してもらえるような好条件を提示する必要があるでしょう。
労働条件の変更を拒否された場合の対処法
労働条件は会社の勝手な判断で変更できるわけではなく、社員の同意や合理的な理由が求められます。
そのため、変更理由やその内容次第では、社員に変更を拒絶される可能性があります。
労働条件の変更を拒否された場合は、再度説明と交渉を行いましょう。労働条件の変更に至った事情や変更内容の妥当性などを再度わかりやすく説明し、社員の理解を得ることが重要です。
それでも合意が得られない場合は、変更内容の再検討や就業規則による変更など、別の方法での落としどころを探る必要があります。
なお、変更の拒否を理由に社員を解雇することは不当解雇となるためご注意ください。労働条件を変更する際は、社員から拒否された場合の対応について事前に検討しておくべきでしょう。
労働条件の不利益変更に関する裁判例
事件の概要
平成29年(ワ)第190号 山口地方裁判所 令和3年2月2日判決
Y大学では学生の定員割れが長く続き赤字の状態が続いていたことから、人件費を削減するため、就業規則の不利益変更によって教員の賃金や退職金の引き下げを強行しました。
この結果、教員の給与や賞与、扶養手当等が減額され、さらに住宅手当も廃止され、10%から20%を超える年収の減額が生じました。そこで、これを不服とする教員らが不利益変更は無効として裁判を起こした事案です。
裁判所の判断
裁判所は以下の点を踏まえ、就業規則の変更は合理的なものであったとはいえず、大学による労働条件の不利益変更を無効と判断しました。
- 就業規則の変更により、賃金など重要な労働条件を不利益変更する場合は、高度の必要性に基づいた合理的な内容である必要があり、合理性の有無は、①労働者の不利益の程度、②変更の必要性、③新就業規則の内容の相当性などに照らして判断する。
- ①②就業規則の変更時にY大学が極めて危機的な財政状況にあったとはいえず、教員らが不利益を受忍せざるを得ないほど高度の必要性があったとは認められず、③扶養手当などを廃止・減額すべき合理的理由がないため、新就業規則の内容の相当性は認められない。
ポイント・解説
労働条件の不利益変更の有効性が争われた事案です。
裁判所は、収益の状況などから就業規則の変更に高度の必要性はないと判断し、20%を超えて年収が減るなど不利益は相当大きく、変更後の給与規程の内容は合理性に欠けるため無効と結論付けています。
賃金や退職金など労働者にとって重要な労働条件に不利益が及んでいることを重く受け止め、これらの不利益変更が認められるには、労働者が受け入れざるを得ないほどの高度の必要性を大学側に求めている点がポイントです。
就業規則の変更により労働者の労働条件、特に賃金や退職金など労働者の生活に直結する事項を変更する場合、慎重に変更内容を検討し、社員にも十分に説明し理解を得る必要があります。
労働条件の変更方法や手続きについては弁護士にご相談ください
労働条件を変更することは、社員の生活に大きな影響を与える事項であるため、会社が思っている以上にセンシティブな問題です。安易に労働条件の変更を行った結果、高額の金銭支払いが命じられるなど手痛いペナルティを受けることもあります。
労働条件の変更方法や手続きについては、弁護士に相談することをおすすめします。
不利益変更を行う方法について、専門家である弁護士からアドバイスを受ければ、会社のリスクを最小限に抑えられます。
弁護士法人ALGには企業側の労働法務に精通する弁護士が多く在籍しています。
就業規則の変更案や同意書の作成、労働者との交渉の立会いなど幅広く対応できますので、労働条件の変更でお悩みの場合はぜひご相談ください。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
企業の様々な労務問題は 弁護士へお任せください
会社・経営者側専門となりますので、労働者側のご相談は受付けておりません
※国際案件の相談に関しましては別途こちらをご覧ください。
受付時間:平日 09:00~19:00 / 土日祝 09:00~18:00
- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
- ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
- ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。
- ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。