企業責任
#労災
#労災見舞金
#損害賠償

監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
会社で労働災害(労災)が発生した場合、企業は従業員から損害賠償請求を受ける可能性があります。
対応を誤ると、数百万円から数千万円、場合によっては1億円を超える高額な賠償金を請求されるケースもあります。
損害賠償の金額は、事故直後の初動対応やその後の交渉の進め方によって大きく変動します。
企業としては、法的リスクを最小限に抑えるためにも、できるだけ早い段階で労災に強い弁護士に相談し、適切な対応を取ることが極めて重要です。
この記事では、企業が負う法的責任や、損害賠償額の相場、対応の流れなどをわかりやすく解説します。
目次
労災が発生したら企業は損害賠償責任を負う?
職場で労災が発生した場合、労災保険による補償とは別に、企業が損害賠償責任を問われることがあります。
これは、従業員が業務中にけがや病気、あるいは死亡した際に、企業が「安全配慮義務」を十分に果たしていなかったと判断されると、慰謝料や逸失利益などの損害賠償を請求される可能性があるためです。
ただし、企業側に安全配慮義務違反が認められない場合には、損害賠償責任を負う必要はありません。
そのため、労災が発生した際には、事実関係を正確に把握し、迅速かつ適切な初動対応を行うことが極めて重要となります。
労災における損害賠償請求の根拠
労災による損害賠償請求においては、企業の安全配慮義務違反が最もよく争われます。
安全配慮義務違反の法的根拠は、主に労働契約法第5条や労働安全衛生法に定められています。
その他にも、
- 従業員の行為に対する使用者責任(民法第715条)
- 施設の欠陥に基づく工作物責任(民法第717条)
- 元請業者に対する損害賠償請求
が認められる場合もあります。
事故の原因によっては、複数の法的根拠が適用される可能性があります。
次項で各法的根拠について詳しく解説します。
①安全配慮義務違反
安全配慮義務とは、企業が従業員に対して、心身の安全と健康を確保しながら働ける職場環境を整える法的義務のことです。
この義務は、労働契約法第5条に明記されており、企業がこの義務を怠った結果、労災が発生した場合には、損害賠償請求の根拠となります。
たとえば、「過重労働やハラスメントの放置」、「危険な作業環境の未整備」などが違反に該当する可能性があります。
②使用者責任
使用者責任とは、従業員が業務中に第三者に損害を与えた場合、その従業員本人だけでなく、企業(使用者)も連帯して損害賠償責任を負うという法律上のルールです。
これは、民法第715条に基づいて定められています。
たとえ事故が従業員の過失によるものであっても、企業がその従業員を業務に従事させていた以上、企業側が責任を免れないケースが多く、実際の裁判でも企業に高額な賠償が命じられる事例が多数存在しています。
③工作物責任
工作物責任とは、建物や設備などに欠陥(たとえば壊れていたり、安全対策が不十分だったり)があり、それが原因で事故が起きた場合に、その建物や設備を持っている人や管理している人が責任を負うという法律上のルールです(民法第717条)。
たとえば、
- 工場の機械に安全装置がついておらず、従業員がけがをした場合
- 建物の階段や通路が壊れていて、そこを通った人が転んでけがをした場合
などがこれにあたります。
④元請業者に対する損害賠償請求
建設現場や製造現場などで下請け労働者が労災事故に遭った場合、たとえ直接の雇用関係がなくても、元請企業が損害賠償責任を問われる可能性があります。
これは、元請企業が現場全体の安全管理を担う立場にあり、下請け作業員に対しても「安全配慮義務」を負うとされているためです。
この考え方は、昭和50年2月25日の最高裁判決(自衛隊車両整備工場事件)において、「特別な社会的接触関係」がある場合には、雇用契約がなくても信義則上の安全配慮義務が成立するとされたことに基づいています。
その他にも、元請の従業員が加害者であれば「使用者責任」、足場などの設備に欠陥があれば「工作物責任」も問われます。
これらの責任は、労災保険では補償されない慰謝料などの補償を求める際の根拠となり得ます。
労災において会社の安全配慮義務違反が認められた判例
【東京高等裁判所 令和4年6月29日判決(令和3年(ネ)第5712号)】
事案の概要
この事件は、居酒屋で働く調理担当者(X)が、雨で濡れた屋外階段を摩耗したサンダルで降りた際に転倒し、右腕などを負傷したことから、店舗運営会社(Y)に対して損害賠償を求めたものです。Xは事故当時、異動して4日目で、店舗備え付けのサンダルを履いて業務中に階段を使用していました。
裁判所の判断
裁判所は、以下の理由からYには事故の予見可能性と回避可能性があったとされ、Yの安全配慮義務違反を認めました。
・階段は屋外にあり、雨天時には滑りやすくなる構造であった。
・Yは、従業員に摩耗したサンダルを履かせてその階段を使用させていた。
・事故前に、同様の転倒事故が発生しており、Yの店長もその事実を把握していた。
・にもかかわらず、滑り止めの設置や注意喚起などの対策を講じていなかった。判決のポイント
裁判所は、Xの過失を4割と認定しつつも、Yに対してはXへ約321万円の損害賠償を行うよう命じました。この判決は、職場の一部として使用される設備の安全性確保が企業に強く求められることを示した重要な事例となっています。特に、過去に同様の事故があったにもかかわらず対策を怠った点が、企業の責任を重く見られたポイントといえます。
労災による損害賠償の相場と算定方法
事故の状況、後遺障害の有無、被災者の年齢や収入などにより、損害賠償額は大きく変動します。
たとえば、後遺障害が残った場合には数100万円から数1000万円、死亡事故では2000万円〜2800万円程度の死亡慰謝料が請求されるケースもあります。
労災事故における企業の賠償額は、以下の式で算定され、総損害額には、慰謝料、逸失利益、休業損害、治療費、介護費用などが含まれます。
会社が負担する損害賠償額 = 総損害額 -(過失相殺 + 素因減額)- 損益相殺
次項では、各費目の具体的な金額相場や計算方法について詳しく解説していきます。
損害賠償の内訳
損害賠償額を算定するためには、まず、従業員の損害額を計算する必要があります。
損害賠償額を構成する主な項目は、以下のとおりです。
- 慰謝料
- 逸失利益
- 休業損害
- 治療費
- 介護費用
次項より、各項目について解説していきます。
慰謝料
労災が発生し、企業に損害賠償責任が認められた場合、慰謝料の支払いが必要となるケースがあります。
慰謝料は、被災した従業員やその遺族が受けた精神的苦痛に対する損害賠償であり、労災保険では補償されません。
具体的に、以下の3種類に分類されます。
入通院慰謝料
けがにより入院・通院を余儀なくされた精神的苦痛に対する補償で、期間に応じて金額が決まります
後遺障害慰謝料
治療後も後遺障害が残った場合に支払われ、等級により110万~2800万円程度が目安です。
死亡慰謝料
遺族に対して支払われ、被災者の家庭内での立場により相場が異なります。
逸失利益
逸失利益とは、労災によって将来的に得られなくなった収入を補償するための損害賠償項目であり、後遺障害や死亡事故が発生した際に請求されることがあります。
後遺障害が残った場合の逸失利益は、以下の式で算定されます。
基礎収入額 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
「基礎収入」は事故前の年収が基本で、源泉徴収票や給与明細などから算出します。
「労働能力喪失率」は後遺障害の等級に応じて5~100%で決まり、労働力の喪失割合を示します。
「ライプニッツ係数」は、将来の収入を一括で受け取ることによる利息分を差し引くための割引率で、被災者の年齢に応じて変動します。
計算には専門的な知識が必要であり、後遺障害等級の認定や基礎収入の妥当性が争点になることもあります。
高額な賠償リスクを回避するためには、弁護士へ相談してみるのが良いでしょう。
休業損害
労災が発生し、従業員が負傷や疾病により就業できなくなった場合、企業は「休業損害」や「休業補償」といった金銭的補償に関与する可能性があります。
これらは似た言葉ですが、法的性質や請求先が異なります。
休業損害とは、従業員が労災により働けなくなったことで生じた実際の収入減少分を、企業や第三者に対して損害賠償として請求されるものです。
企業に過失があると認定された場合、労災保険とは別に高額な賠償責任を負う可能性があります。
一方、休業補償は、労災保険制度に基づき、従業員が労災により就業不能となった場合に、政府から支給される給付金です。
治療費関係
労災において、従業員の治療にかかる費用の多くは労災保険によって補償されますが、部の実費については企業に対して損害賠償請求される可能性があります。
企業としては、一どのような費用が労災保険の補償対象外となり、請求されるリスクがあるのかを正確に把握しておくことが重要です。
以下の表では、治療関係費で企業が請求される可能性のある費用項目を整理しています。
費用項目 | 内容・補足説明 |
---|---|
入院雑費 | 日用品・テレビ使用料・洗濯代などは労災保険では補償対象外。企業に請求されることがあります。 |
通院交通費 | 電車・バス・自家用車(1kmあたり37円)などは労災保険の補償対象。ただし、タクシーは利用する合理的な妥当性がないと判断されると原則補償対象外。 |
付添看護費 | 医師の指示がある場合は労災保険で補償されるが、家族の自主的な付き添いなどは補償対象外。 |
差額ベッド代 | 個室や特別室を希望した場合の追加費用は医療上の必要性がない限り、労災保険の補償対象外。 |
市販薬・医療用品 | 医師の処方によらない湿布や包帯などは労災保険の補償対象外。 |
介護費用
労災により従業員に重度の後遺障害が残り、介護が必要な状態となった場合、企業は介護費用の損害賠償請求を受ける可能性があります。
なお、労災保険では、介護が必要な被災者に対して、「介護補償給付」が支給されます。支給額は介護の必要度に応じて異なりますが、損害賠償請求と重複する部分は調整され、被災者は二重取りできない仕組みとなっています。
過失相殺と素因減額
一定の条件を満たせば企業は賠償額を減額できる可能性があります。
代表的な減額要因が「過失相殺」と「素因減額」です。
過失相殺とは、労災事故の発生において被災従業員にも過失(不注意)があった場合に、その過失割合に応じて企業の損害賠償額を減額できる制度です。
たとえば、従業員に20%の過失が認められた場合、企業が支払う賠償額は20%減額されます。
一方、素因減額とは、被災従業員が事故前から抱えていた持病や体質、精神的傾向などが損害の拡大に影響した場合に、その影響分を損害賠償額から差し引く制度です。
たとえば、もともと腰痛を抱えていた従業員が労災事故で症状を悪化させた場合、その「もともとの腰痛分」は企業の責任とはいえないとして、一部減額が認められる可能性があります。
損益相殺
損益相殺とは、被災従業員がすでに労災保険や公的制度から補償を受けている場合に、その金額を損害賠償額から差し引く制度です。
これは、損害の二重補填を防ぐための法的調整です。
たとえば、労災保険の療養補償給付や休業補償給付などは、損益相殺の対象になります。
一方で、労災の特別支給金は、被災者の福祉向上を目的とした給付であり、損害の補填とは性質が異なるため、損益相殺の対象にはなりません。
詳しくは下記表をご確認ください。
労災保険の給付内容 | 差し引くのが認められているもの | 差し引くのが認められていないもの |
---|---|---|
治療中の給付 | ・療養補償給付(治療費) ・休業補償給付(休業損害) |
・休業特別支給金 |
後遺障害が残った場合 | ・障害補償給付(障害年金・一時金) | ・障害特別支給金 ・障害特別年金 |
介護を要する場合 | ・介護補償給付 | ・介護特別支給金(該当する場合) |
死亡災害の場合 | ・遺族補償給付(年金・一時金) ・葬祭料 |
・遺族特別支給金 ・遺族特別年金 ・遺族特別一時金 |
また、厚生年金や国民年金から支給される障害年金や遺族年金も、逸失利益などと性質が重なるため、損益相殺の対象となっています。
ただし、差し引かれるのは「すでに支給された分」や「支給が確定している分」に限られ、将来の未確定な年金分については、損益相殺の対象外とされています(最高裁平成5年3月24日判決)。
労災の損害賠償請求はどのような流れで行われる?
従業員やその遺族から損害賠償請求を受けた場合、企業はまず示談交渉による解決を目指すのが一般的です。
示談とは、当事者間で話し合いを行い、裁判を経ずに合意によって紛争を解決する方法です。
従業員側に弁護士が代理人としてつくケースもあるため、企業側も労災対応に精通した弁護士を通じて交渉を進めることが推奨されます。
交渉がまとまらない場合、最終的には民事訴訟に発展する可能性があります。
裁判では、企業の安全配慮義務違反や使用者責任が法的に認定されるかどうかが争点となります。
労災保険からは、治療費や休業補償などが支給されますが、慰謝料や逸失利益の全額はカバーされません。
そのため、労災保険で補いきれない損害については、企業が民事上の損害賠償責任を負う可能性があります。
裁判に発展すると争いが長期化することもあるため、早期かつ円満な解決のためには、示談交渉を適切に進めることが重要です。
損害賠償額の算定はいつから可能か?
企業が提示すべき賠償額は、労災保険からの給付内容が確定した後に初めて正確に算定することが可能となります。
これは、被災者が受けた損害額から、すでに労災保険で支給された金額を差し引く「損益相殺」が必要になるためです。
たとえば、死亡災害の場合は、労災認定がされて「遺族補償年金」や「葬祭料」の支給が決まった時点で、賠償額の提示が可能になります。
また、病気やけがで後遺障害が残った場合は、「後遺障害等級」が認定され、「障害補償年金・一時金」の金額が確定してから、逸失利益や慰謝料を含めた損害賠償額を算定することになります。
労災の損害賠償請求の消滅時効
労災事故に関する損害賠償請求には、法的な「消滅時効」が存在します。
たとえば、従業員から会社の安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求された場合、その請求権は損害および加害者を知った時から5年、または事故発生日から20年で時効にかかります。
この期間を過ぎると、たとえ請求内容に正当性があっても、法的には請求が認められない可能性があります。
企業としては、事故発生時の記録や対応履歴を適切に保管し、時効管理を含めたリスク対応体制を整備しておくことが重要です。
労災で従業員から訴えられた場合に弁護士へ相談するメリット
従業員から労災に関する損害賠償請求を受けた場合、弁護士に早期相談することは企業にとって極めて重要です。
弁護士へ相談する主なメリットとして、以下のようなものが考えられます。
請求内容の妥当性を法的に精査できる
従業員からの損害賠償請求が法的に正当かどうか、過失の有無や因果関係を専門的に判断できます。
企業に有利な証拠や主張を整理できる
労災の主張に対して、反論材料や証拠を適切に準備し、交渉や訴訟に備えることが可能です。
初動対応のアドバイスが受けられる
事故直後の対応(事実確認、証拠保全、関係者対応など)を的確に進めるための助言が得られます。
過大な賠償リスクを回避できる
不必要な支払いを防ぎ、企業のリスクを最小限に抑えることができます。
法的リスクの最小化と企業の信用維持のためにも、弁護士など専門家の関与は不可欠といえるでしょう。
労災の損害賠償に関するよくある質問
労災が発生した際に損害賠償以外に会社が負う責任はありますか?
労災が発生した場合、会社は損害賠償(民事責任)以外にもさまざまな責任を負う可能性があります。
【労災が起きたとき、会社が負う可能性のある責任】
刑事責任
安全管理を怠った結果、従業員がけがや死亡した場合、業務上過失致死傷などで会社や経営者が刑事罰を受けることがあります。
行政上の責任
労働基準監督署から是正勧告や指導を受けたり、重大な場合は企業名が公表されることもあります。
社会的責任
事故の内容が報道されるなどして、企業の信用やイメージが損なわれる可能性があります。
労災見舞金の相場はありますか?
企業が従業員に対して支給する「労災見舞金」は、法的義務ではなく任意の支給であるため、法律上の決まった相場はありません。
ただし、労災見舞金は、企業の信頼性や従業員との関係性を左右する重要な対応のひとつです。法的義務はないものの、誠意ある対応として支給を検討することが望ましいでしょう。
支給の有無や金額は、社内規程・過去の実績・事故の内容を踏まえて慎重に判断するようにしましょう。
従業員からの労災の損害賠償を請求された際は弁護士にご相談ください
労災事故が発生し、従業員から損害賠償を請求された場合、企業としての対応には慎重さと専門的な判断が求められます。
請求内容の妥当性や対応方法を少しでも誤ると、不要な支出や企業の信用・イメージが傷つくおそれもあります。
弁護士法人ALGでは、企業側の労災対応に豊富な実績を持つ弁護士が、初動対応から交渉・訴訟対応まで一貫してサポートいたします。
「この請求は妥当なのか?」「どのように対応すべきか?」といった疑問が生じた際は、ぜひ一度ご相談ください。
早期に専門家へ相談することが、トラブルの長期化や損害拡大を防ぐ第一歩となります。
この記事の監修

弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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