
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労使間のトラブルを解決する方法に、「労働審判」と「あっせん」があります。どちらも話し合いによって労働問題を解決する点では共通しています。
しかし、実施機関や手続きの方法などいくつか相違点もあります。社員側から申し立てられた場合に適切に対応できるよう、2つの制度の仕組みや違いについて理解しておくことが重要です。
この記事では、労働審判とあっせんの違いや、会社側が対応する際のポイントなどについて解説していきますので、ぜひご一読ください。
目次
労働審判とあっせんの違いとは?
労働審判もあっせんも、話し合いにより労使トラブルを解決するための制度であるという点は同じです。ただし、主として以下のような違いがあります。
- 調停が不成立となった場合に、労働審判という最終判断が下る
- 会社側があっせん案を受諾せずに、話し合いができなくなれば終了する
「あっせん」より「労働審判」の方が、手続きの中で解決できる可能性が高いというメリットがあります。 ただし、「あっせん」であっても、あっせんを無視するなど不適切な対応をとると、会社として不利な状況となるおそれがあるため油断は禁物です。 2つの制度の違いを下表にまとめましたので、ご確認ください。
あっせん | 労働審判 | |
---|---|---|
実施体制 | 紛争調整委員(弁護士等:1人) | 労働審判委員会(労働審判官(裁判官):1名、労働審判員(労使):2名) |
手続 | 話合いによる合意 | 話合いによる合意(不調の場合は労働審判委員会の審判) |
相手方の手続参加 | 任意(不参加の場合は手続終了) | 正当な理由なく不出頭の場合には過料 |
合意・裁判の内容の効力 | 民事上の和解契約(強制執行不可) | 合意内容や裁判は裁判上の和解と同じ効力(強制執行可) |
費用 | 無料 | 有料 |
公開の有無 | 非公開 | 非公開 |
代理人の選任 | 弁護士の選任は必要ではない | 弁護士を選任することが多い(要費用) |
書面等の準備 | 申請書(必要に応じ証拠書類) | 申立等の主張書面、証拠書類の提出が必要 |
処理期間 | 原則1回、2か月以内が78.2%(令和4年度) | 原則3回以内で終了(平均3.0か月)(令和4年) |
あっせんとは
あっせんとは、会社と社員間のトラブルについて、あっせん委員が介入し、話し合いによる解決をサポートする制度です。弁護士や大学教授など労働問題の専門家があっせん委員となるため、当事者だけで話し合いするよりも適切な解決が見込めます。
対象となる労働問題として、未払い賃金や不当解雇、出向・配転、セクハラ、パワハラなどが挙げられます。あっせんを行う機関は複数あり、都道府県労働委員会が行うあっせんや、労働局の紛争調整委員会が行うあっせん等があります。
あっせんでは原則1回の話し合いで、約78%の事件が2ヶ月以内に終了しており、迅速に手続きが進められるのが特徴です。また、あっせんへの参加やあっせん案への受諾は強制ではありません。不参加である場合や話し合いで合意できない場合は、あっせん不成立で終了します。
あっせんで合意した場合は、民法上の和解契約となるため、当事者は合意した内容に従って債務を履行するべき義務を負います。
あっせんのメリット
あっせんは主に労働者側にとってのメリットが多いです。あっせんのメリットとして、以下が挙げられます。
- 費用が低額もしくは無料、かつ非公開
金銭的負担が少ないため気軽に利用できます。また、非公開で行われるため、外部にトラブル内容が漏えいするリスクも低いといえます。
- 迅速な解決が期待できる
あっせんは労働審判や裁判よりも平均所要期間が短く、原則1回の話し合いで、多くの事件が2ヶ月以内に終結しているため、労働審判等よりも迅速な解決が見込めます。
- パワハラなどの立証が難しい事件でも利用しやすい
労働審判や裁判など客観的証拠が重要視される手続きとは違い、話し合い重視であるため、パワハラなど立証が難しい事件でも活用しやすい手続きです。
- 合意すれば法的拘束力が生じる
あっせんで合意した場合は、民法上の和解契約となり、合意内容に法的拘束力が発生します。そのため、当事者による債務の履行が期待できます。
あっせんのデメリット
一方、あっせんのデメリットとして、以下が挙げられます。
- 紛争の解決力が低い
あっせんの役割は、あくまでも話し合いの調整であるに過ぎません。話し合いで合意できなければ終了し、あっせん委員が強制的に判断を下すことはありません。そのため、労使の対立が激しい事案では、あっせんによる最終的な解決はできません。
- 違法性の判断はできない
あっせんは当事者間の話し合いによる早期解決を支援する制度であるため、当事者の行為の違法性の有無や、労使どちらが正しいのかについての判断は下されません。
- 強制力がない
あっせんの参加やあっせん案の受諾は強制できず、当事者の任意となります。そのため、相手方に強制的にあっせんに参加させることや、あっせん案を受諾させることはできません。
- 強制執行できない
あっせんで和解しても債務名義を得たことにはならず、相手方が合意内容に違反したとしても、直ちに差押えなどの強制執行をかけることができません。
労働審判とは
労働審判とは、解雇や未払い残業代など、会社と個々の社員との労働関係トラブルを、その実情に則し、迅速かつ適切に解決するための制度です。主な特徴として、以下が挙げられます。
- 労働問題の専門家が審理する
労働審判委員会(裁判官1人、労働問題の専門家である労働審判委員2人)が原則3回以内の期日で審理し、話し合いによる解決(調停)を試み、合意できなかった場合は、審判という強制的な判断を下します。異議の申立てがあれば、裁判に移行します。
- 強制力がある
当事者の出頭が強制され、正当な理由なく欠席すると、過料が科される可能性があります。また、成立した調停の内容や確定した労働審判は、裁判上の和解と同じ効力を持つため、調停調書や審判書をもとに強制執行をかけることも可能です。
- 会社と個人間で発生した労働トラブルが対象
労働審判は会社と社員との間で発生した労働トラブルが対象となります。会社と労働組合とのトラブルや、個人(上司など)を相手方とするハラスメント等の事案、会社と社員間の金銭貸借トラブルなどについては、労働審判で審理できません。
労働審判の流れについて詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
さらに詳しく労働審判のメリット
労働審判のメリットとして、以下が挙げられます。
- 早期解決が期待できる
解決までに1年以上かかることが多い通常の裁判と比べて、労働審判は原則として3回以内の期日で審理が終了し、約70%の事件が申立てから3ヶ月以内に終了しています。
- 柔軟な解決が可能
労働審判では、当事者同士が合意さえすれば、裁判のように法律や証拠などに縛られることなく、実情に応じた柔軟な解決を図ることができます。例えば、和解内容を第三者に漏えいしないという「口外禁止条項」を入れるなど柔軟な解決も可能です。
- 解決力が高い
第3回目の期日を経ても調停による解決ができなかった場合、委員会から労働審判が下されます。審判に対して当事者から異議の申立てがあれば、審判は効力を失いますが、自動的に裁判へと移行することができます。
- 非公開
労働審判は裁判と異なり非公開で行われるため、トラブル内容が外部に漏れる可能性は低く、会社の社会的信用を失うリスクを減らすことが可能です。
労働審判のデメリット
一方、労働審判のデメリットとして、以下が挙げられます。
- 準備期間が短い
労働審判は第3回以内の期日で終了するという制約があるため、資料の提出や主張は限られた時間内で行う必要があります。そのため、会社として主張内容を出し尽くせず、不利な判断が下されるリスクがあります。
- 答弁書の作成や証拠収集など労力がかかる
第1回期日までに会社側の反論を書いた答弁書や、その主張を裏付ける証拠を提出しなければなりません。これらの提出期限は申立書が届いてから3週間程しかないケースが多いため、迅速に答弁書の作成や証拠収集を行う必要があり、労力がかかります。
- 費用がかかる
多くの労働審判の事案では、会社から労働者側に一定のお金を支払うことで解決せざるを得ない現状があります。また、労働審判への対応は専門的な知識が必要となるため、弁護士に依頼することが通例であり、一定の費用がかかります。
あっせんには必ず参加しなければならない?
会社側があっせんには参加しないと決めることも可能です。参加するかどうかは自由であり、たとえ欠席したとしても、会社として受けるペナルティは特にありません。
あっせんに参加しない場合は、そこで手続きは終了します。ただし、あっせんだけで終わらず、労働審判や裁判に発展するおそれもあるため、参加の可否については慎重に検討すべきでしょう。
そこで、以降では、会社として参加すべきケースと、不参加を検討すべきケースについて解説していきます。
参加すべきケース
会社側があっせんに参加すべきケースとして、以下が挙げられます。
- 明らかに会社に違法性がある場合
- 社員側の要求が正当な場合
上記のように、あっせんを拒否したとしても労働審判や裁判を起こされることが想定され、かつ、会社者側が敗訴する可能性が高いケースでは、トラブルが小さいうちにあっせんに参加して解決するほうが、会社側にとってもメリットになると考えられます。
あっせんでは詳しい事実関係の審理はなされず、さらに労働審判や裁判よりも比較的低額な和解金で決着を図れる傾向にあるからです。
また、仮にあっせんを拒否して裁判へと進んだ場合に、あっせんを拒否したという態度が不誠実と判断され、会社に不利な心証が形成されるリスクもあります。
あっせんの参加の可否を決める際には、会社側が裁判で勝訴できる可能性があるのかどうか、解決の見通しを立てることが重要です。
不参加を検討すべきケース
一方、会社側が不参加を検討すべきケースとして以下が挙げられます。
- 会社に違法性がない場合
- 過大な譲歩を求められた場合
- 社員側の要求が不当な場合
ただし、上記のように、会社側の主張が認められる可能性の高いトラブルであっても、まずはあっせんに参加して話し合うことで、労働審判や裁判でかかる費用を削減でき、社員の不満を解消して、早期に穏便に解決を図れる場合もあります。
そのため、あっせんを直ちに拒否せず、参加の可否について慎重に検討する必要があります。
あっせんに参加したとしても、あっせん案に応じなければ、あっせん不成立となるため、とりあえず様子を伺うためにあっせんに参加するという手もあります。
あっせんに応じない・拒否をした場合はどうなる?
あっせんは労使間の任意による合意を重視する手続きであることから、あっせんに参加するか否かは当事者の自由であり、会社として不参加とすることも可能です。
また、たとえあっせんに参加したとしても、あっせん委員が提示するあっせん案が、会社側にとって非常に不利なものであったり、行き過ぎた譲歩を求められたりした場合などでは、あっせん案に応じないこともできます。
以降では、あっせんを拒否した場合はどうなるのか、どのようなリスクがあるかなどについて解説していきます。
不成立として終了する
会社側があっせんに参加した場合、紛争調整委員会等からあっせん案を提示されますが、あっせん案に応じる義務はありません。
あっせん案が自社に不利な内容であったり、法的に適正な解決策ではなかったり、過度の妥協を要求する内容であったりした場合は、あっせん案を拒絶することも可能です。
あっせん案について労使間で合意できなかった場合は、あっせんは不成立となりそこで終結します。
あっせんを拒否したからといって、会社側に不利な判断が直ちに下るわけではありません。
なお、あっせん不成立の通知を社員側が受けてから30日以内に裁判を起こしたときには、あっせん申立ての日に裁判が起こされたものとみなされます。
つまり、あっせん申立てには時効を中断する効果があります。
労働審判や訴訟に発展する
社員側があっせんの打ち切りに納得できなければ、労働審判や裁判を起こす可能性があります。
労働審判や裁判へ進んで長期化すると、多くの時間とコストがかかるだけでなく、労使トラブルのさらなる悪化から企業経営の支障となるリスクもあります。
あっせんは裁判手続きと比べて簡易かつ迅速に進むという特徴がありますので、会社としてあっせんを上手く利用すれば、早期にトラブル解決を図れる可能性があります。
また、あっせんはあくまで話し合い重視の手続きであるため、詳しい事実関係の審理や違法性の判断は行われず、労働審判等に比べて、解決金の水準も低く済むケースが多いです。
そのため、あっせんを拒否するのであれば、労働審判や裁判へと進んだ場合に、会社側に有利な解決を目指すことができるかについて検討する必要があるでしょう。
裁判所の心証が悪くなることも
労働審判や裁判に移行した場合は、社員側はこれまでの会社との交渉経緯を裁判所へ説明することになるのが通例です。
例えば、労働審判の申立書には「申し立てに至る経緯」を書く必要があります。
そこで、社員側が適正な要求をしているにもかかわらず、会社があっせんに参加していなかったり、参加したとしても、あっせん案を一切拒絶していたりすることが判明すると、裁判所から「不誠実な交渉態度であった」と評価され、心証が悪くなる可能性があります。
したがって、会社側に有利な解決を図るためにあっせんに応じるべきか、裁判等になってでも争うべきかについての見極めが必要となります。
判断にお困りの場合は、労働法務に詳しい弁護士にご相談ください。
労働審判を申し立てられた場合の注意点
社員側から労働審判を申し立てられた場合に、会社側が注意すべきポイントとして以下が挙げられます。
- 労働審判の欠席は認められない
- 会社側の準備期間は非常に短い
労働審判の欠席は認められない
社員側から労働審判を申し立てられた場合、あっせんのように参加しないとう選択肢はありません。
正当な理由なく第1回期日を欠席すると、5万円以下の過料が科されるおそれがあります。
そして、第1回期日に欠席してしまうと、社員側の主張が全面的に認められてしまい、会社側に不利な労働審判が下されるおそれがあります。
そのため、必ず指定期日に出頭することが必要です。
なお、第1回期日の変更は特別の事情がない限り認められていませんが、労働審判委員のメンバーが決定する前など、早いタイミングで申し出れば、裁判所が例外的に認めてくれる場合もあります。
そのため、できる限り早く裁判所に連絡し、期日変更を求めるようにしましょう。
会社側の準備期間は非常に短い
労働審判は申立てから40日以内に、第1回期日が開催されるのが通例です。
さらに、第1回期日の7日~10日前までに、会社側の反論を書いた「答弁書」とその主張を裏付ける証拠を裁判所に提出する必要があるため、会社側の準備期間は非常に短いです。
裁判所は、申立書や答弁書などを読み込み、第1回期日に証拠調べを行って心証(解決の方向性)を形成し、調停に入ることが通例です。
さらに、第1回期日では、社員本人や会社側の担当者から直接事情を聴取する審尋も行われます。
つまり、労働審判は、第1回期日までに充実した準備を行うことが勝負の分かれ目であるといえます。
会社側が勝つためには、説得力のある答弁書の作成や証拠の収集、審尋のリハーサルなどを行い、第1回期日までに会社として十分な主張・反論ができるよう準備しておくことが必要です。
あっせんや労働審判の対応は、労働問題に強い弁護士にお任せ下さい。
社員側からあっせんや労働審判の申立てを受けた場合に、面倒だからといって、そのまま無視したり、不適切な対応をとってしまったりすると、会社側に不利な状況となるおそれがあります。
あっせんに応じるべきか否か、労働審判にどう対応すべきかなど、何かご不明な点がある場合は、労働問題に強い弁護士への相談をご検討ください。
弁護士法人ALGには労働法務を得意とする弁護士が多数在籍しており、あっせんや労働審判の解決実績も多く有しています。
会社側で提出すべき書類の作成や期日への同席など、あっせんや労働審判への対応について全面的にサポートすることが可能です。
申立てを受けた場合は、ぜひ私たちにご相談ください。
この記事の監修

弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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