企業責任
#労働時間
監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
現在、原則としてすべての会社に社員の労働時間の客観的な把握が義務化されています。
労働時間を適切に把握できていなければ、時間外労働の上限に違反し、罰則を受けるおそれがあります。
また、労働時間を客観的に把握することは、給与計算だけでなく、未払い残業代請求の防止や社員の健康を守るためにも重要な業務です。
この記事では、
- 実際に労働時間を把握する方法
- 把握義務化に向けて企業がすべき対応 など
について解説していきます。
目次
労働時間の「客観的な把握義務」とは?
働き方改革の一環として、労働安全衛生法が改正され、2019年4月より、「社員の労働時間の客観的な把握」が会社に義務付けられるようになりました。
労働時間の客観的な把握とは、社員一人ひとりの労働時間をタイムカードやICカードなどの客観的な記録に基づき適切に把握することをいいます。
今回の改正で義務化された内容は以下のとおりです。
- 会社は社員の労働時間を適切に把握するべき義務を負う
- 労働時間の把握はタイムカードやパソコンの使用時間の記録など客観的で適切な方法で行う
- 一般社員だけでなく、管理監督者や裁量労働制の社員も労働時間の把握義務の対象とする
これまで労働時間はあいまいに管理されていることが多く実態が不明確であったため、より厳密な労働時間の管理が求められるようになりました。労働時間の未把握は違法であり、労基署による是正勧告の対象となるためご注意ください。
義務化された背景
これまでも、厚生労働省のガイドラインによって労働時間の把握が求められていましたが、法律には明記されておらず、どのような労働時間管理をするかは会社の判断に委ねられていました。
しかし、このような自由な状態を放置すると、不正な労働時間計算や、長時間労働による健康被害の温床になりかねないという懸念が生じていました。
また、管理監督者や裁量労働制等の適用社員は、労働時間把握義務の対象外となっていたという問題点もありました。
そこで、これらの問題を解決するために、今回の法改正により、労働時間の客観的な把握が義務づけられました。
労働時間とみなされる範囲
労働時間とは、社員が会社の指揮命令下で働く時間のことをいいます。
就業規則や雇用契約書の規定にかかわらず、客観的に判断されます。
また、上司が明確に業務を指示した場合だけでなく、具体的な指示がなくとも労働せざるを得ない状況に置かれている時間も労働時間に当たります。
労働時間に該当する例として、以下が挙げられます。
- 着用が義務付けられた制服の着替え時間
- 出勤・退勤時の準備や後片付けの時間
- 始業前の朝礼
- 業務に必要な移動時間(取引先への訪問など)
- 業務に必要な打ち合わせ時間
- 業務上参加が義務付けられている研修や教育訓練などの参加時間
- 使用者の指示で行った業務上必要な学習のための時間
- 昼休み中の電話番や来客対応など会社から待機を義務付けられている時間
- 深夜労働の合間の仮眠時間
- 業務上必要な健康診断に要する時間など
対象となる労働者
労働時間の把握義務が適用される事業所は、労基法が適用されるすべての事業所です。
大企業だけではなく、中小企業や個人事業主も対象となります。
また、労働時間把握義務の対象となる社員は、高度プロフェッショナル制度の対象社員を除く、すべての社員です。例えば、以下のような社員がすべて含まれます。
- パート、アルバイト、契約社員、派遣社員
- 裁量労働制の適用社員
- 管理監督者を含む管理職全般
- 研究開発業務従事者
- 事業場外労働のみなし労働時間制の適用社員
勤務形態や労働時間、役職等に関係なく、原則としてすべての社員について労働時間の把握が義務づけられたものと考えられます。
なお、高度プロフェッショナル制度の対象社員であっても、別途、健康管理時間の把握義務があるため注意が必要です。
労働時間を客観的に把握する方法
厚生労働省のガイドラインでは、社員の労働時間を客観的に把握するために会社が講じるべき措置として、以下を挙げています。
- 始業・終業時間の記録
- 賃金台帳の適正な記入
- 労働時間に関する書類の保存
- 自己申告制への処置
これらのポイントを意識した対応を行い、労働時間の正しい把握に努めましょう。
始業・終業時間の記録
正しく労働時間を把握するには、社員と労働日ごとに、始業時間と終業時間を確認して記録することが大前提です。
厚生労働省のガイドラインでは、始業・終業時間の確認と記録は、基本的に以下のいずれかの方法で行うべきとされています。
- タイムカードやICカード、PCのログイン・ログオフ時間など客観的な記録を確認し記録する
- 使用者自身が直接確認し記録する
他方で、自己申告で修正や改ざんができてしまうものは客観的な記録と認められない可能性が高いです。例えば、手書きの出勤簿やエクセルの出退勤時間の記録が該当します。
賃金台帳の適正な記入
会社は、個々の社員ごとに、以下の項目を賃金台帳に適正に記入することが義務付けられています(労働基準法第108条および同法施行規則54条)。
- 社員の名前と性別
- 賃金計算期間
- 労働日数
- 労働時間数
- 休日労働時間数
- 時間外労働時間数
- 深夜労働時間数
- 基本給や手当などの種類やその金額
- 税金や保険の控除項目とその金額
賃金台帳は法定三帳簿のひとつであり、社員の勤務時間や給与の支払い状況を正確に把握するために不可欠な記録です。
正社員や契約社員、パートなど、雇用形態に関係なくすべての社員の勤怠情報や賃金を記載しなければなりません。賃金台帳に上記の項目を記載していない場合や、嘘偽りの労働時間数などを記載した場合は、罰金の対象となるためご注意ください。
労働時間に関する書類の保存
会社は、タイムカードや出勤簿など労働時間を記録した書類を5年間保存しなければなりません(労基法109条)。また、残業命令書や報告書、社員が自ら労働時間を記録した報告書、使用者が自ら労働時間を記録したものなども含まれます。
当初の保存期間は3年でしたが、2020年の法改正により5年に引き上げられました。
ただし、当面の間は経過措置として保存期間を3年とすると定められています。
保存期間にあたる5年間は、書類ごとに「最後の記載がなされた日」を起算日としてカウントするため、保存間違いに注意する必要があります。5年に満たない状態で廃棄してしまうと、是正勧告や罰金の対象となるため適切に保存しましょう。
自己申告制への処置
業務に直行・直帰する場合など、客観的な方法による労働時間の把握が困難である場合は、自己申告による方法をとらざるを得ないこともあります。
この場合は、主に以下の措置を講じる必要があります。
- 社員に適正に自己申告するよう十分に説明する
- 労働時間の管理者にガイドラインによって講じるべき措置等を十分に説明する
- 実態調査を行い、申告した労働時間と実際の労働時間が一致しているか確認する
- 自己申告を超えて事業場内にいる理由等の報告が適正に行われているか確認する
- 自己申告を阻害する措置の禁止等(申告可能な残業時間数の上限設定は禁止。残業代削減の社内通達、残業代の定額払いなどが、申告を阻害していないか確認する)
このように、自己申告した労働時間の認定においては、多くの説明・確認作業が求められます。
そのため、できる限り、タイムカードやパソコンのログオフなど客観的な方法で労働時間を記録することが望ましいといえます。
労働時間の把握義務化に向けて企業がすべき対応
労働時間の把握が義務化されことに伴い企業がとるべき対応として、以下が挙げられます。
- 時間外労働の申請方法の見直し
- 勤怠管理のマニュアル作成・ルールの周知
- 勤怠管理ツールの導入
以下で詳しく見ていきましょう。
時間外労働の申請方法の見直し
社員が自由に残業を決められる職場では、時間外労働の法定上限を超えやすくなります。労基法違反を防ぐためには、時間外労働の申請方法の見直しが必要です。
例えば、残業の事前承認制の導入が挙げられます。
残業の事前承認制とは、社員があらかじめ上司や人事部などに残業を申請し、承認を得てから残業する制度のことです。事前承認制にすれば、社員の時間外労働時間の把握がしやすくなります。その結果、法律を遵守できるだけでなく、過度の残業を防止し、社員の健康を守ることが可能です。
なお、実際に事前申請制を導入する際は、会社の就業規則や規定に残業の申請手続きや承認の基準、ルール違反時の罰則などを明記しておく必要があります。
勤怠管理のマニュアル作成・ルールの周知
労働時間を正確に把握するために必要なものは、明確な労働時間の定義です。
社員の多くが労働時間の定義を正しく理解していないことが想定されます。
そのため、勤怠管理マニュアルを作成して説明会を開催し、どのような状況を労働時間とみなすのか、打刻のルール・タイミング、残業の発生基準などを社員に周知、理解させる必要があります。
マニュアルに記載すべき内容として、以下が挙げられます。
- 出勤時は制服に着替える前、退勤時は私服に着替えた後にタイムカードを押す
- 出退勤はパソコンのログイン状態で記録する
- 出張・直行・直帰・テレワークの場合の労働時間の扱い
- 残業は事前承認制とする
- 退勤打刻後に個人で行った残業は指導の対象とする
- 月間の残業時間制限など
勤怠管理ツールの導入
労働時間の正確な把握には、ICタイムカードやクラウド管理ツールなど勤怠管理ツールの導入がおすすめです。
勤怠管理システムの社員情報とICカードの識別番号を連動させると、ICカードをカードリーダーにかざすだけで、出退勤情報を正確に記録できるようになります。
また、クラウド型管理ツールを採用すれば、場所を選ばず出退勤が記録できるため、直行直帰や出張、休日出勤、テレワークなど様々な勤務形態に対応できます。
さらに、勤怠管理ツールの導入により、労働時間の集計や確認、分析などの業務も自動化できるため、勤怠管理にかかる時間を大幅に削減できるというメリットもあります。
労働時間の把握義務に違反した場合の罰則
労働時間の把握は法的義務ですが、労働時間の管理を怠った会社への直接的な罰則はありません。あくまで努力義務とされています。
ただし、社員の労働時間を適切に把握していないと、時間外労働の上限規制(45時間、年360時間等)を超えて長時間労働させてしまったり、年次有給休暇を適切に取らせていなかったりするなどの問題が生じる可能性があります。また、知らぬうちに多額の未払い残業代請求という事態にも陥りかねません。
時間外労働の上限違反や残業代の不払いについては6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金、有給の5日取得義務に違反した場合は30万円以下の罰金が科されるおそれがあるため注意が必要です。
未払い残業代請求における労働時間の記録の重要性
未払い残業代を請求する場合は、原則として社員側が、残業があった事実、つまり残業時間を証明しなければなりません。そのため、残業時間を社員側が立証できなければ、会社側は基本的に残業代を支払う必要はありません。
しかし、裁判等へと進んだ場合に、会社側が社員の主張に対し反論する場合は、タイムカードなど客観的な証拠に基づき、反証する必要があります。
このような証拠が提出できないと、会社側の勤怠管理がずさんであったと判断される可能性があります。
また、社員がわざと労働時間を多く計上し請求するようなケースであったとしても、証拠がなければ、会社として反論することができません。
そのため、万が一未払い残業代請求を受けたとしても、適切に反論できるよう、勤怠システム等を活用し、労働時間を日々正確に記録することが重要です。
残業時間の立証が争点となった裁判例
事案の内容
【平成27年(ワ)第157号 神戸地方裁判所姫路支部 平成28年9月29日判決 福星堂事件】
和菓子の製造・販売会社にて、菓子の運送業務を行っていたドライバーが、タイムカードに基づき、朝4時台の早出残業などを行っていたとして、会社に対し、未払い残業代を請求した事案です。
裁判所の判断
裁判所は以下を理由に、ドライバーが主張する残業時間は過大であると判示しました。
- タイムカードの打刻時間を始業時刻として主張するには、会社の指揮命令下にある労働時間にあたることの具体的な主張・立証が必要である
- 本件では、以下の点から日常的に早出残業を余儀なくされたり、会社による残業の黙認があったりしたとは認められない。
- ドライバーが業務日誌を一切提出していないため、早朝出勤するべき理由が明確でないこと
- 早出残業を繰り返していたのは、会社貸与の携帯電話で女性社員にプライベートな電話をかけるためであったことが窺われること
- 会社側が日報の提出を求めたが拒否していたこと 等
判例のポイント
裁判所は、タイムカードの打刻時間が当然に実際の労働時間とされるわけでなく、労働時間に当たるかどうかは、会社の指揮命令下にあったといえるか実質的な観点から判断するべきと示しています。
タイムカードの打刻時間と実際の労働時間の間に「乖離」があると、過剰に残業代を支払う、あるいは残業代の未払いが生じるという事態に陥りかねません。
そのため、会社としては、定期的にタイムカードの実態確認を行う、残業・早出は事前申請制にする、勤怠管理システムを導入し打刻漏れを防ぐなど、労働時間の乖離を防ぐための対策を講じる必要があるでしょう。
労働時間の適切な把握方法は、残業問題に強い弁護士にご相談ください
労働時間の管理がずさんであると、会社が把握する労働時間と、実際の労働時間とに「乖離」が生じ、未払い残業代の請求を受けるリスクが高まります。そのため、十分に労働時間を管理することが重要です。
労働時間については、待機時間や早出残業の問題など、どこまでを使用者の指揮命令下に置かれていた労働時間として扱うのか、それとも休憩時間と扱うのか、複雑な判断が求められる場面も多々あります。
この点、弁護士であれば、就業規則等を確認し、社員の勤務実態を把握したうえで、法的・実務的知識をもとに、正しい労働時間、未払い残業代を算出し、解決に向けたアドバイスを行うことが可能です。
未払い残業代の請求や労働時間の把握でお困りの場合は、残業問題に強い弁護士法人ALGにぜひご相談ください。
この記事の監修
弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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