解雇
#残業拒否

監修 | 弁護士 家永 勲 弁護士法人ALG&Associates 執行役員
「プライベートの約束がある」など適当な理由をつけて、残業を拒否する社員への対応にお悩みではありませんか?
繁忙期で上司や同僚も残業を行う中、一人だけさっさと退社する社員がいるのは問題です。
職場の士気や企業経営にも悪影響を与えるため、厳しい処分を検討せざるを得ないこともあるでしょう。
ただし、残業拒否する社員への対応を間違えると、パワハラや不当解雇などのトラブルにつながるおそれがあります。
まずは残業を拒否する理由を確認し、慎重に対応を進める必要があります。
この記事では、会社が残業を命じることが可能なケースや、残業を拒否された際の対応方法について解説します。
目次
残業を拒否する社員に対して強制・解雇はできるのか?
会社が36協定を結び、就業規則や雇用契約書に残業の義務を定めているならば、基本的に、会社は社員に対し、業務上必要な残業を命じることができます。
ただし、社員は正当な理由(体調不良や妊娠、育児、介護など)があれば残業を拒否することが可能です。
しかし、会社側が正当な手続きを踏んだ上で残業を命じ、社員が残業を拒否することに正当な理由がない限りは、業務命令違反として懲戒や解雇の対象となります。
1~2回残業を拒否した程度で解雇すると、不当解雇と判断される可能性が高いですが、再三の残業命令や説得、懲戒にもかかわらず断り続けた場合は、解雇が認められる可能性があります。
会社が残業を命じることができるケース
労使間の契約で残業義務が定められている
会社は労働者の過半数を組織する労働組合または労働者の過半数代表者と36協定を結び、労基署に届け出れば、社員に時間外・休日労働させることが可能です。
ただし、締結と届け出だけでは残業を命じることはできません。
36協定の締結は、法定外残業をさせても罰則を受けないという免罰効果を与えるにすぎません。
実際に残業を命じるには、雇用契約書や就業規則に、36協定の範囲内で残業を命じることがある旨や、残業の上限時間などを明記する必要があります。
さらに、これらを社員に交付するか閲覧できる状況にして周知することも求められます。
法定労働時間を超えない残業命令
法定労働時間を超えない残業については、36協定の締結や届け出は必要ありません。
法定労働時間とは、労働基準法で定められた「1日8時間、週40時間」を原則とする労働時間の上限です。
一方、所定労働時間とは、会社が独自に定める勤務時間です。
例えば、会社が所定労働時間を(10時から18時まで、休憩1時間)と設定している場合は、19時まで残業をしたとしても、法定労働時間の8時間を超えません。
このように法定労働時間内の残業であれば、36協定なしでも、雇用契約書や就業規則に残業義務を定めている限り、残業を命じることが可能です。
労働基準監督署の許可が出ている
災害や事故など緊急事態が発生した場合は、労働基準監督署の許可を受けることで、時間外・休日労働を命じることが可能になります(労基法33条)。
一刻を争う事態で、許可を受ける時間がないときは、事後に届け出ることもできます。
例えば、IT会社でシステム障害が発生し、深夜対応が求められるケースが挙げられます。
このような場合は、36協定の締結や届け出がなくても、残業を命じることができるため、社員は残業を拒否できません。
残業命令の拒否が認められる正当な理由とは?
社員に残業を拒否する正当な理由がある場合は、残業拒否に対して懲戒や解雇することはできません。
残業命令の拒否が認められる正当な理由として、以下が挙げられます。
- 36協定の労働時間を超えている
- 精神疾患など体調不良がある
- 妊娠中・出産後1年未満である
- 育児・介護が必要である
- 他社での副業を認めている
以下で詳しく見ていきましょう。
36協定の労働時間を超えている
時間外労働や休日労働を命じるためには、36協定を締結し、労働基準監督署へ届け出る必要があります。
しかし、36協定を結んでいても無制限に残業を命じられるわけではありません。
36協定において定められる残業時間の上限は、原則として「月45時間」「年360時間」となっています。
また、繁忙期など臨時的な必要がある場合に特別条項を結んだ場合でも、年間720時間や月100時間未満などの厳しい制限があります。
この上限を超える残業は違法となり、社員は拒否することが可能です。
精神疾患など体調不良がある
病気やケガなど体調が悪い場合は、残業指示が正当なものでも、社員に残業を強要できません。
会社には労働者の健康に配慮するべき安全配慮義務があるためです(労契法5条)。
裁判例でも、眼精疲労により残業を拒否したことによって解雇された社員が解雇無効を訴え、勝訴しています(東京高等裁判所 平成9年11月17日判決 トーコロ事件)。
体調不良の社員に残業させたり、体を壊しかねない長時間労働を強要したりすると、安全配慮義務違反として、損害賠償請求や行政指導を受けるおそれがあるためご注意ください。
妊娠中・出産後1年未満である
社員が妊産婦であることも、残業を拒否する正当な理由となります。
妊産婦とは、妊娠中または出産後1年未満の女性のことをいいます。
労働基準法では、妊産婦が請求した場合は、時間外労働や休日労働、深夜労働させることを禁止しています(労基法66条)。
変形労働時間制(フレックスタイム制を除く)による場合でも同様です。
そのため、たとえ36協定や非常事由があったとしても、妊産婦が時間外労働等を拒否したならば、残業を強制することはできません。
育児・介護が必要である
会社は小学校入学前の子供を養育する社員や、要介護状態の家族を介護する社員から請求された場合は、原則として所定労働時間を超えて働かせてはいけません(育介法16条)。
また、これらの社員から請求された場合は、1ヶ月につき24時間、1年につき150時間を超える時間外労働を命じることも禁止されています(同法17条)。
ただし、以下のケースでは、会社は例外的に残業を命じることができるとされています。
- 事業の正常な運営を妨げる場合
- 日々雇用される者
- 継続雇用期間が1年未満の者
- 週の所定労働日数が2日以下の者
他社での副業を認めている
会社が他社での副業を認めていた場合は、他社での勤務に間に合わないような残業を指示することはできません。
また、他社で働くのではなく、自営業としての副業を認める場合は、副業を理由とする残業拒否はできないことをあらかじめ明確にしておく必要があります。
なお、厚生労働省のガイドラインでは、本業と副業の労働時間を通算して管理することを会社に求めています。
長時間労働とならないよう、それぞれの会社で時間外労働や休日労働の抑制などを行うべきとしているため、残業を強制できない可能性もあります。
従業員が残業拒否した際の対応手順
正当な残業指示であるにもかかわらず、社員が残業を拒否したときの対応は、以下のとおり進めます。
- 残業の理由を説明して説得する
- 説得に応じない場合は残業命令を出す
- 懲戒処分を検討する
- 退職勧奨を検討する
- 解雇を検討する
順番に見ていきましょう。
①残業の理由を説明して説得する
まずは残業を拒否する社員と面談し、残業を拒否する理由を丁寧に聞き取ることが必要です。
正当な理由が認められない場合は、残業の必要性や業務の現状を説明し、説得を試みましょう。
裁判例でも、業務命令違反を理由に解雇した事案につき、まずは業務命令の趣旨を説明するなどして、社員の誤りを指摘・指導し、その理解が得られるよう努力するべきだったのに、十分な説明をせず解雇しているとして不当解雇と判断しています(東京地方裁判所 平成27年10月28日判決)。
残業の必要性について十分に説明し、社員の理解を得られるよう努めることが大切です。
②説得に応じない場合は残業命令を出す
面談後も説得に応じず残業を断り続ける場合は、書面やメールなど記録に残る形で残業命令を出す必要があります。
残業の業務内容や時間、具体的な理由を記載します。
業務命令自体の証拠がそろっていないと、業務命令違反を理由に懲戒や解雇をすることは法的に難しくなります。
そのため、口頭による指示ではなく、文書やメールなどで明確に残業命令を出し、残業命令違反や指導した事実を客観的に証明できる証拠を揃えておくことが重要です。
③懲戒処分を検討する
文書やメールでの命令にも従わない場合は、懲戒処分を検討する必要があります。
残業に従わない社員を放置すると、残業に応じ真面目に働いている社員に面目が立ちません。
また、これを真似て残業を断わる社員が出てくる可能性もあるため、一部の社員による残業拒否を許すべきではなく、懲戒など処分を科す必要があります。
懲戒処分として、戒告、けん責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇を就業規則で定めることが実務上多く、順番に重くなります。
まずは戒告やけん責など軽い懲戒を行って反省を促し、それでも改善しなければ、減給、出勤停止と処分を重くしていくのが望ましいでしょう。
懲戒処分の方法について知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
さらに詳しく懲戒処分の流れや注意点④退職勧奨を検討する
懲戒処分を行っても、なお残業を拒否するときは、本人の仕事のスタイルが会社のルールに合わないことを伝え、退職勧奨を検討する必要があります。
退職勧奨とは、会社が社員に自主的に退職するよう勧めることです。
社員が退職に合意すれば、退職届を提出してもらい会社を辞めてもらうことができます。
解雇は退職勧奨と異なり社員の同意は不要ですが、不当解雇と判断されて高額な金銭の支払いを余儀なくされるケースが少なくありません。
解雇は高リスクであるため最終的な切り札と考え、まずは低リスクの退職勧奨を行うことをおすすめします。
退職勧奨の方法や違法となるケースについて知りたい方は、以下の記事をご参考ください。
さらに詳しく退職勧奨が違法となるケース⑤解雇を検討する
退職勧奨も拒否され、他にとるべき手段がないときは、解雇を検討することになります。
実際、椎間板ヘルニアによる腰痛のため、残業を断り続けた社員を解雇した事案につき、上司からの再三の注意を受けても残業命令に従わず、同僚に仕事を押し付けて帰宅し続けているためやむを得ないとして、解雇を有効と認めた裁判例も存在します(大阪地方裁判所 平成19年7月26日判決)。
解雇の有効性については専門的な判断が求められるため、弁護士にご相談ください。
残業拒否する従業員への解雇が認められた判例
【平成10年(オ)第555号 最高裁判所第2小法廷 平成13年6月22日判決】
(事案の内容)
卒業アルバムの制作会社Yは、住所録の作成業務に従事する社員Xに、業務の繁忙を理由に残業を命じたところ、眼精疲労であるとの診断書を提出されて残業を拒否されました。
そのため、YはXに自主的に退職するよう説得しましたが、Xは応じなかったため、業務命令違反を理由に解雇しました。
これに納得できないXが不当解雇として、裁判を起こした事案です。
(裁判所の判断)
裁判所は以下を理由に、社員の主張を認めて解雇を無効と判断しました。
- 36協定が有効とみなされるためには、①労働者の過半数で組織する労働組合、または②適法に選出された労働者の過半数を代表する者と協定を結ぶ必要がある。
- 役員と社員で構成される「トーコロ友の会」の代表者を自動的に過半数代表者と決定しているが、友の会は労働組合ではなく、労働者の過半数代表者でもないから、36協定と残業命令は無効である。
- Xの眼精疲労については医師の診断書があり、以前から目の疲れを訴えていたこと等を考慮すれば、残業命令に従えない正当な理由もあったといえる。
(判例のポイント)
裁判所は、社内の親睦団体の代表者は労働者の代表と認められないと判断し、36協定と残業命令、解雇をすべて無効と判断しています。
残業命令の前提となる36協定が有効となるためには、過半数代表者が正しく選出されている必要があります。
選挙など民主的な方法で選出せず、形式的に毎回同じ者が代表者になっていたり、会社側が指名して選んでいたりする場合は、36協定が無効となる可能性があります。
また、実際に残業を命じる場合は、36協定に記載された事由(どのような場面で時間外労働を命じることができるか)に該当するかどうかや、残業の上限規制の範囲内かも確認する必要があるためご注意ください。
残業拒否する従業員について弁護士に相談するメリット
残業拒否する社員について弁護士に相談するメリットとして、以下が考えられます。
- 労働契約や法律を踏まえて、残業命令が違法とならないか確認してもらえる
- 残業を拒否できる正当な理由があるかを確認してもらえる
- 残業を拒否する社員への対応や指導方法を相談できる
- 懲戒処分について相談できる
- 解雇の要件を満たしているか判断してもらえる
- 退職勧奨や解雇の面談の立合いをお願いできる
- 労働審判や裁判に発展した場合も、全面的に任せられる
特に解雇は慎重な検討が必要です。
安易に解雇すると不当解雇となり、バックペイや慰謝料の支払い、社会的信用の低下などのリスクを負いかねません。
残業拒否に関するよくある質問
残業を拒否した従業員への減給は可能ですか?
残業を拒否した場合は、減給できる場合があります。
36協定を結び、労働契約上も残業を命じることができる状況で、社員が正当な理由なく残業を拒否した場合は、業務命令違反に当たるためです。
ただし、1~2回の残業拒否でいきなり減給するのは処分が重すぎます。
まずは戒告やけん責など軽い処分を行って反省を促し、それでも態度を改めない場合に減給を行うなど段階を踏むことが必要です。
懲戒処分を行う場合、それが正当な処分といえるかどうかは、36協定や就業規則、雇用契約書の内容、どのような理由により拒否したのか等をもとに判断されます。
判断に悩む場合は、弁護士にご相談ください。
派遣社員に残業を拒否された場合の対応はどうなりますか?
派遣社員にも正社員と同じく、残業を拒否する権利があります。
ただし、就業条件明示書に残業の義務が定められている場合は、体調不良など正当な理由がない限りは、基本的に残業に応じる必要があります。
就業条件明示書とは、派遣元から派遣社員に対し、派遣契約の内容について通知する書面です。
他方、就業条件明示書に残業に関する規定が定められていない場合は、残業の強制は難しいでしょう。
また、派遣元が36協定を結んでいない場合や、36協定で定められた時間外労働を超える範囲については、残業を命じることができません。
派遣社員を受け入れる前に、残業の可否を確認しておくことが大切です。
残業拒否する社員への対応については弁護士にご相談ください
残業は会社の都合で勝手に命じられるわけではなく、法律上のルールに従って行う必要があります。
違法な残業命令に当たらないかどうか、どのような懲戒処分や解雇であれば有効となるのかなどは、個別具体的な事情を検討しながら最終的には裁判で判断されることになります。
そのため、弁護士に相談しながら対応を考えるのがベストです。
弁護士法人ALGには問題社員への対応豊富な弁護士が多数在籍しています。
これまでの経験やノウハウを活用し、残業拒否する社員への最適な対応方法をご提示することが可能です。
退職勧奨や解雇の際の面談への立ち合いも行っておりますので、ぜひご相談ください。
この記事の監修

弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員
- 保有資格
- 弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
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